マンションの入り口で鍵がうまく取り出せそうになかったので手伝ってあげた。

エントランスに進んでエレベーターに乗り込もうとしたとき、吉田さんがスマホを取り出した。


「ごめん、ちょっと電話」


そう言って、壁際にもたれかかって電話をしている。

電話を終えた吉田さんは、先ほどより硬い表情をして戻ってきた。


「今、事務所から連絡があって、事務所のほうにも、早速例の写真が流れてきたらしい」


「え? でも、だってさっき待ってるって……」

「これで待ったつもりなんだろう。仕事が早いんだよ」


それが皮肉だということぐらい私にもわかる。


「とりあえず事実確認をしたいから、涼也を連れて事務所に来るようにって」

「でも今、涼ちゃん体調崩してて……」

「それは楓君から聞いたよ。

 美鈴ちゃんがついてるって聞いて、慌てて病院を抜け出してきたんだ。

 美鈴ちゃんに何かあったら……と思って。

 まあ突撃したところで、すでにあらぬ格好をしていたらとドキドキもしたけど。

 何事もなかったようでよかった」


吉田さんは何やらぶつぶつ言いながら、表情を硬くしたり緩めたりそわそわしたり、忙しそうだった。


__一体何を想像しているんだ。


「よくわかりませんが、私も一緒に事務所に行きます」

「美鈴ちゃんは、もういいから」

「……え?」

「僕も何とか動けそうだし、これ以上美鈴ちゃんに迷惑かけるわけにはいかないから」


「いえ、迷惑かけているのは私の方だし。

 それに今回のことだって私のせいで涼ちゃんが風邪ひいて、熱出して、無理して仕事して、それであんな写真撮られることになっちゃって。

 だから私の責任でもあるし。それに、私は涼ちゃんのマネージャーだし」


「もうマネージャーはいいんだ」


吉田さんの目が、急に冷たい氷のようになった。


「もうマネージャーはいいんだよ」

「それは、どういう……」

「きつい言い方になってしまうけど、迷惑をかけたくないというなら、もうこれ以上、涼也には近づかないでくれ。

 僕の代理を任せておいてこんなことは言いたくないけどね」


吉田さんはエレベーターに向うと、


「表にはまだ記者が張り付いてるかもしれないから、地下の駐車場から出て。

 そこまで案内するから」


私を突き放すようにそう言った。

そう言われても、私はその場から動けなかった。


__もうこのまま、涼ちゃんに会えないのだろうか。

  会えないまま、お別れするのだろうか。


「美鈴ちゃん」

低く厳しさを含んだ声が、私の名前を呼んだ。


「おかしいじゃないですか」

「え?」

「だって、あの場には誰もいなかったのに、どうしてあんな写真が撮られるんですか?」

「それは、そこに誰かがいたからだよ」

「でも……」

「こんなのよくあることだよ。

 たまたまそういう現場に居合わせて、そういう写真を撮って、週刊誌に売り込むなんてこと」


「なんでそんなこと……」

「まあ、恨み、妬み、嫉み、いわゆる嫉妬心」

「涼ちゃんはそんな恨まれるようなことする人じゃありません。

 それに嫉妬って、勝手すぎる。涼ちゃんは一生懸命仕事してるだけなのに」


「それが気に入らない人だっているんだよ。

 それに、嫉妬や恨みだけじゃない。

 芸能人のスキャンダル写真なんて、売れば高くつくからね。

 特に涼也みたいな今注目度の高い芸能人は」


「そんなの、信じられない。

 だって、あそこにいた人、みんないい人ばっかりだったし、そんなことする人たちには見えない」


「そういうもんだよ、人なんて。

 みんな笑顔の裏にはいろんなもの抱えてるんだから。

 弱い部分が誰にだってあるでしょ?

 そういう自分に、勝てない時だってあるんだよ」


「そんなの、自分勝手だよ」

「美鈴ちゃん、落ち着きなよ」

「どうしてそんな落ち着いてられんですか?」


「こんなの、この世界ではよくあることだよ。

 そんなのにいちいち反応したり、まじめに答えてたら、仕事なんてできないよ。

 こういうのは軽く流して、世間が忘れていくのを待つのが一番なんだよ」


そう言ってから、吉田さんは「はあ」とため息をひとつついた。

そして、切なげな目を遠くの方むけた。


「そうだね。美鈴ちゃんの言う通りかもしれない。

 ほんと、世の中は、自分勝手なのかもしれないね」