綾瀬伊織 7月29日

驚いた。ずっと空いていた隣のベッドに人が入ったのだ。なんで今まで空いていたのかはわからないけど。
これで今日から少しはつまんなくなくなるかな。中年のオジサンとかが来るのかと思ったら俺と同い年の子が来てびっくり。仲良くなりたい。声をかけた。
「はじめまして!隣のベッドの伊織って言います、よろしく!」
彼は驚いたような表情をしてからふわりと笑って俺に続いて言った。
「晴空です、よろしくね」
愛想笑いなのはすぐに分かった。かなり慣れているようだが少しだけ表情が硬い。自殺未遂か?死のうと思ったけど死ねなかったとか?頭や腕、足に包帯が何重にも巻かれている割には普通に喋れていた。
「伊織…は病気?」
「病気!いつか突然ここから消えたらごめんね〜」
軽く言ってのけた。彼が顔を少し歪めたのを心の中で笑いながら“晴空は?”と聞き返す。
「死にたかった。…でも死ねなかった」
あぁ、やっぱり。この子はこの子なりの事情があるだろう。初っ端から赤の他人が触れていいことでは無い。
「…聞かないの?」
「ん?」
「その、なんで死にたかったのとか、さ」
「晴空が話したいときでいいんだ。話してくれる時はちゃんと聞くよ。無理矢理聞こうなんて思わない」
約2分くらい沈黙が続いた後、晴空が俺に尋ねた。いい子ぶってるとか本当は話してもらいたいんだろとか思われても構わない。本人が話したい時に頼ってもらった方が嬉しいし。返事に困っているような顔をする晴空を横目で見て
「今日は遅いしもう寝よ、おやすみ!」
必殺・おやすみ。会話を終わらせたい時に使う言葉で有名だ。隣から“おやすみ”と返ってきたのを確認して俺は眠りについた。


佐野晴空 7月30日

看護師さんと伊織に起こされ目を覚ます。「朝ご飯持ってきますね〜」
と愛想良く看護師が言う。病院食って美味しいのかな、と考える俺を見透かすように伊織が言った。
「病院食ってくそ不味いんだよ…味は薄いしさ」
おどけた表情をしながら大袈裟に病院食の不味さを語っている。こいつはなんなんだ。病気なんじゃないのか?なんでこんなに元気なんだ。俺には分からない。“お待たせしました”と声が聞こえ、置いてもらった朝ご飯を口に入れる。
「うっ」
待ってくれ。本当に不味い。大袈裟なんかじゃなかった。味は薄いし、なんか食感が気持ち悪い。でも食べないと…。
俺はご飯をかきこみ、水で流し込んだ。

朝ご飯を食べ終わり、一通りやる事をやり終えると次は自由時間だ。何を俺は悩んでいるのか。なんで死にたかったのか。それを伊織に話そうと思った。お調子者だしうるさいけど、悪い奴では無さそうだ。「話せる時に話せばいい」と言って無理矢理聞こうとしなかった。それに、母さんが居ないこの世界でこれ以上抱えて生きるのは正直かなりきつい。もういっそ全部吐き出してしまおう。
「伊織」
「晴空」
同時にお互いが声をかけていた。なんだか面白くって2人で吹き出した。久しぶりに心から笑った。声を出して笑ったのは何年ぶりだろう。気付けば頬が濡れていた。俺は泣いていた。訳もわからずボロボロと涙を流す俺を伊織はただひたすらに優しい目で待っていてくれた。
涙が乾いてきてふぅ、と息を吐き出した俺を見て伊織は言った。
「なぁ晴空?俺さ、昨日話せる時に話せばいいって言ったけどやっぱり話して欲しいな。これ以上1人で溜め込んじゃ駄目だ、お前が壊れる」
折角止まりかけたはずの涙がまた溢れ出した。頑張って止めてたのに。俺はうんうんと必死に頷いた。