稿 男性アレルギー令嬢とオネエ皇太子の偽装結婚 ~なぜか溺愛されています~

「自分のことかもしれないと思いながらも、違うかもしれないと躊躇しているのか?それとも皆の前に姿を見せることがはばかられる立場の者なのか?」
 陛下が声のトーンを落とした。
「シェミリオールは先の戦争で……一部の記憶を失って戻って来た」
 え?
「日常生活を送る上では問題がない。知識も十分ある……が、人の顔と名前、人間関係のことはすっぽりと記憶を失ってしまった」
 嘘。
 記憶喪失……物語の中では見たことがあるけれど……。
 エミリーは、忘れてしまったの?
「……医者は徐々に思い出すこともあるし、何かがきっかけとなり一度に思い出すこともある……また、記憶が戻らぬこともあると」
 記憶が戻らないこともある……?
 エミリー……。
 ざわざわとして会場がどよめいたまま収まらない。
 そんな者が皇太子では問題だ、第二王子と交代させよという声も聞こえる。
「自分が皇太子であったことも、私たちのことも忘れてしまっていたが、剣を握れば体は動き、書類を見れば正しく処理している。……時折、過去のことを思い出すこともある。そして、何より……記憶を失う前のような迷いがない。自分は皇太子には向かないということばが出なくなった。記憶がない分、相応しい行いをしようと今まで以上に努力を重ねている」
 陛下の言葉に、不安視していた者たちが安心したようなことばを紡ぎ出す。
 ……忘れてしまった?
 私との逢瀬も。
 婚約の理由も。
 ……エミリー、ねぇ、迷いがなくなったって……もしかしたら、女の心をなくしてしまったんじゃないの?
 ねぇ……。エミリーは生きているの?
 シェミリオールの中で、エミリーは生きているの?
 私のことを忘れてしまった……悲しいけどそれは私のことだけではなく、全員同じように忘れてしまったのなら不運だったと諦めるしかない。