「夏乃っ、一緒に行こ」
 移動教室になると必ず右側から聞こえてくる声に私は笑顔で頷いた。
「うん、行こ行こ」
 私は教科書をとりあえず掴み、先に教室を出て行こうとする百花についていく。
 相変わらずの元気の良さにあきれてしまいそうになるほど、今日も百花は笑顔だった。
 「そういえばさぁ、さっき先生絶対笑い取ろうとしてたよねぇ」
 クスクスと笑う百花を見ていて私は不愉快になる。
 さっきの授業で先生は笑いを取ろうとしたけれど、私達クラスの生徒は全員わざと白けた空気を作って先生に恥をかかせようとしていた。私にとってはそれは快感で、先生が少しショックを受けているのがうれしかった。
 だけど百花はその先生が好きなのだ。
「百花ってまだあの先生のことが好きなの?やめなよ生徒なんだからさ」
 私は内心イライラしながらも問いかける。
「んーどうだろうね?」
 そう言ってまたクスクスと笑う。やっぱ好きなんだ、、。
 私にとって先生は子供の自由を奪う悪者でしかない。だからどの先生も嫌い、その中でもあの先生は一番嫌いだった。
 宿題ばかりを出して家庭での自由を奪っているようなもの。でもまぁ、ぶっちゃけ家庭での時間なんてなくてもいいのだけども。
 心の奥では宿題は必要なものだってわかっている、そう思いたいのは現実から逃げているだけ。現実逃避をしているだけなんだ。それでもなお大人が嫌いで嫌いでた化学室はまらないのだ。

 移動教室を済ませると、化学室で自分の席に座る。化学室では前のクラスでの授業があったらしく換気扇が回っていて冬間近の風が入り、肌寒かった。
「化学室にも暖房付けろよ」
自分の向かい側に座る(あお)君が腕をジャージの中に引っ込めて呟く。
「化学室だと火とか使うから換気扇は必要不可欠だし、暖房ってちょっと厳しいゃないかな?」
 冷静に突っ込んだつもりだったが蒼君は、「いけるだろ」と胸を張って答えた。
 別にそんな回答求めてないんだけどな、、。

科学の授業の担当は西條先生だ。やだなぁと思うのは毎回の事で、口にするのも面倒くさくなるほどだった。
「なんでそんなに控えめな顔してんの?」
 突然蒼君が私の顔を見てまっすぐに言う。
「え、はい?」

 控えめな顔ってなんだ?
 私が知らないだけなのだろうか、控えめな顔なんて言われたことは無くはっきり言って今私はしているだろうかとまず気になった。
「控えめな顔って何?」
 素直な質問だ。
「控えめな顔は控えめな顔だよ」
 蒼君は意味の分からない言葉を繰り返した。同じ班だった七実ちゃんと白石君は私たちの会話を聞いてクスクスと笑っていた。
 ホントに意味がわかんない。