目を覚ますとそこは一面クリーム色の天井で、私は全てを察した。
「起きたか?」
ベッドの横で立っていた父に、うん、と小さく呟くように言うと、父は大急ぎで医者を呼びに行った。
ベッド付近のボタンを押すだけでいいものを、焦っていた父はそれすらも忘れているようだった。
父が呼んできた医者に軽く診察された後、私はふとまずい状況に気が付いた。
首を横に動かして扉の近くに立つ葉月くんの姿を確認するや否や目を瞑った。
これが夢であれ、と何度も心の中で唱えた。
「ちょっと先生から話を聞いてくるね。蒼来はゆっくり休んでいて」
父はそう言い残すと、何も持たずに病室を出た。
私は全てを察した。
夢見病発症時から多々見てきた光景で、今後の展開は悪い方向に進んでいく、というのが法則だった。
だから、今回私が倒れたことで治験に影響が出るのだろうと思った。
しかし、それ以上にまずい状況が待ち構えていた。
「大丈夫か」
父が病室を出た途端、葉月くんはパイプ椅子に腰を掛けた。
「気づいたよね?」
私は彼の言葉を無視して聞いた。
彼は小さく頷き、ごめん、とだけ言った。
「いいの、言ってなかった私が悪いから。それに、さっきは酷いことを言ってごめん」
2人の間の沈黙は、現実に向き合うために作られた時間のようだった。
私は、自分が夢見病であると気付かれてしまった恥ずかしさを抱えながらも、彼を手放したくないという思いを抱いた。
この病院は夢見病の治療に力を入れている病院で、夢見病治療専門の病室がいくつか存在する。
この病院に入院する患者やその家族の大半はその場所を知っていて、入院時に、その周辺の病室だけは避けてくれ、などと言って、距離を置く患者も多いのだとか。
実際に夢見病の身からすると、そんなことをしてどんな得があるのか、と思うところだが、そうすることで少し安心するらしい。
言うまでもない、よくある心理現象だが。
だからこそ、彼が私を避けないかが心配だった。
大抵の人間なら逃げ出したくなるこの状況に、直接は感情を出さないとしても、正直、引いているのではないか、と。
それだけではなく、クラスで噂を流されたらどうしよう。父や親戚にまで迷惑をかけたらどうしよう。
一向に悩みの種は尽きなかった。
病気を知られたのならいっそのこともう少しだけ話していたい、と思った。
こんな時まで葉月くんの心の心配ではなく自分の心配をしているのは我ながら情けない話だけど。
それから時間をおいて、葉月くんは続いた沈黙を破るように口を開いた。
「俺の方こそごめん。言うのは簡単じゃないし気にするな。それに、クラスメイトとなるともっと難しいだろう」
私を優しく庇う彼には頭が上がらなかった。
それには、うん、と小さく頷くだけで、他に言葉は出なかった。
「ねぇ、葉月くんは私の病気を知って引いた?」
「引かないよ。むしろ尊敬」
「尊敬?」
一番不安に思っていたことを聞くと、想像していなかった返答に思わず聞き返した。
「そうだよ。一人で抱えるってかなりつらいと思うからさ」
「でも、本当にごめん」
「もう謝るなって」
彼は笑顔でそう言った。
そこで私は確信した。
きっと、病気だと知られた人が葉月くんであることは神が決めた結果だと。
今後の私の人生には葉月くんが必要だと神が言っているような、そんな気がした。
「ねぇ、葉月くんにとっての夢はどういうものなの?」
さっきの問いを葉月くんに投げかけた。
冷静に物事を考えられる葉月くんだからこそ、行きついた考えを聞いてみたくなった。
「俺は生きがいかな。夢は叶えるためだけではなくて持つこと自体に意味があるのだと思う」
「生きがい……」
思わず声に出した。
葉月くんの大人な考え方に、私は身をもって自分の幼稚さに気づかされる。
「夢を叶えるために生きるんじゃなくて生きるために夢があるんだと思う。だって、夢のない人生なんてつまらないだろう?それに、何か一つに一生懸命になるってかっこいいし」
最後に笑いながらそう言った葉月くんは、胸を張って堂々としていた。
私はその言葉に胸を打たれた。
そして、同時に気付かされた。
葉月くんのその発言は一見難しく聞こえるが、言っていることは簡単なことだった。
きっと、夢を叶えられなかったとしても確実に一歩は前進している。
そして、その前進の過程を彼自身は楽しめているのだと思う。
一歩先に進んだからこそ見ることのできる景色を彼は知っていて、それを生きがいにしている。
気づいた時には、彼の考えに惹かれていた。
そして、葉月くんのことをもっと知りたいと思った。
「また来てくれる?」
「仕方ないな」
クシャっとした笑顔を見せて彼は言った。
「葉月くんって優しいんだ」
「なんだよそれ。まるで俺が優しくなかったみたいだろ?」
「そういうことではないけどさ」
「ならいいけど。あとさ、透真って呼んでくれないか?」
「なんで?」
「いいから」
「わかった、透真くん」
「なんだよ」
「呼んでみただけ」
「そっか」
顔を見合わせて笑った。
病気を知られたからこその安心感が、彼と話している時にはあった。
「じゃあ、また来るね」
うん、と返すや否や彼は私に背を向けた。
少し変わっているし素直じゃないけど優しい。
それが今の彼の印象だった。

