治験。
たった三文字に何度も頭を抱え、苦渋の決断をした。
それでも、未だにこの選択が間違っていないと思える確信はない。
言うまでもなく、私一人でこの試練を乗り越えるのは酷だった。
「やっぱり悩み事があるんじゃない?」
私は覚えていた。
前回悩んだ時にも現れたあの声を。
柔らかく、寄り添うようなあの声を。
「ないよ」
「そっか、まぁ言えないよな」
「ごめん。それよりさ、どうしてここにいるの?」
案の定、私の前に姿を現したのは葉月くんだった。
彼は私の問いに答える前に、無言で隣に座った。
「家族のお見舞いの帰りだよ。東屋さんこそどうして?」
「私は今日からこの病院に入院するんだ」
彼は、そうか、と言った後、気まずそうな顔をして俯いた。
慌てて、大したことではないから、と笑う。
「東屋さんの悩み事で、俺が力になれることはない?」
葉月くんは俯いたままだ。
「ないよ。これは私の問題だから大丈夫」
ただのクラスメイトである葉月くんには言う必要は無かったし、そもそも星絆にさえ言えていない事情を話せるわけもなかった。
「そっか」
「じゃあ私はもう部屋に戻るね」
「あのさ、東屋さんに夢はないの?」
この状況に苦痛を感じて逃げようとしたところを彼に止められる。
あまりにも突然すぎるその問いに、この場から逃げ出したくなった。
その問いが追い打ちをかけた。
「ないよ。志半ばであきらめなければならない夢なんてないほうがいいから」
「夢って叶わなければ意味ないのかな……?」
「さっきから何が言いたいの?そうだよ、叶わない夢なんてただの空想。かえって自分を苦しめるだけ」
私は、強い口調でそう言い残すと、彼に背を向けて速足でエレベーターに向かう。
いくらクラスメイトとはいえ、突然あんなことを言われると気分を害する。
きっと誰しも理想があって憧れがあって夢がある。
気付いていないだけで、何十個も潜んでいるだろう。
例に漏れず、私にも夢は沢山あった。
今でも断ち切れない夢だって幾つもある。
だけど、夢見病を患った身体では大半が諦めざるを得ない夢になるのだ。
だからこそ、彼の発言は癇に障った。
私が不治の病を患っているとは知らないのだから無理もないが、それでも腹を立ててしまった自分が少し情けない。
そういえば、最近になって一歩一歩が重く感じるようになった気がする。
いつか歩けなくなる日が来るのか、と思うと今から憂鬱な気分になる。
それだけではない。
これまでの人生で地道に積み上げた努力やそれによる結果が、一瞬にして無くなる恐怖を度々味わい、現実と生の儚さを知った。
それは、死に関しても同じことが言える。
そんなことを考えながらエレベーターのボタンを押した。
エレベーターは一階で身体を休めていたらしく、到着までは少し時間を費やすようだ。
その合間で私も思考を再びフル回転させる。
そんな時、突如目の前が真っ暗になり、気付いた時には右腕が地面に打ち付けられていた。
一瞬の出来事に理解が追い付かないどころか、思考回路が完全に停止していて、それどころではない。
「大丈夫か」
私の緊急事態に真っ先に反応してくれたのは葉月くんで、慌てた様子で私の元に駆けつけた。
それから数回声を掛け続けてくれたが、その声は徐々に小さくなり、ついには聞こえなくなった。

