悲劇の王女は生まれ変わってハピエン主義の人気小説家になりました

 翌朝、セレナはサイン会が催される会場の裏口から入店する。
 控え室に通されるとモニカは本人以上に興奮していた。

「セレナ様! 外は凄い人ですよ。大盛況です。朝一番で並んだ人は日の出とともに現れたとか!」

「へえ、それは嬉しいわね」

 少しだけ様子を見ようと、セレナはカーテンの隙間から外を覗きーー
 目にも止まらぬ速さでカーテンを引っ張った。
 心臓はバクバクと鳴り響き、誰かに見つかった訳でもないのに窓の下にしゃがみ込む。

「セレナ様?」

「……がいた」

「はい?」

「旦那様がいた!」

「外を歩いておいでだったのですか?」

「違う! 外っ、列! 旦那様が並んでて、しかも先頭!」

「それは、さすがに見間違いでは……」

 信じられないと笑うモニカも外の様子を確認する。そしてセレナ同様大げさにカーテンを閉ざし、しゃがみこんだ。二人はその場で見つめ合う。

「ね!?」

「私にも旦那様が見えました」

「なんで!? なんでいるの!?」

 昨晩別れた夫がまるで彫刻のように微動だにせず先頭に並んでいるのだ。

「並んでいるということはサイン会にいらっしゃったのでは?」

「あの旦那様が!?」

 堅物、冷酷と名高いラシェル・ロットグレイが?

「え? まさか大切な用事ってリタのサイン会? 前のりして朝一番に並ぶため!?」

 だがこの際ラシェルの心はどうでもいい。この場において重要なことはそこに夫がいるということだ。しかも先頭。近しい人相手では正体がばれる可能性が高い。

「モニカ、急いで仮面を用意して!」

 あらかじめ用意していた変装グッズは眼鏡と薄いヴェールのみ。しかし夫がいるとなれば手ぬるく感じる。
 すると有能な侍女モニカは素早く意図をくみ取ってくれた。

「わかりました。開店前ではありますが、かけあってみます!」

「頼んだわ。私は時間までに裏声の練習をしておく」

 開始まであと一時間。ぎりぎりの戦いである。
 緊張していたはずが、その緊張はすっかり別のものへとすり替わっていた。