(あの人は私にお飾りの妻でいいと言ってくれた。リタ・グレイシアであり続けるためにこれ以上ない結婚相手だと思った。だから結婚したのよね)
今も鮮明に思い出せる。彼が求婚に訪れたのは新刊の入稿が迫るあまり徹夜続きの疲労困憊、気を抜けば立ったまま夢の世界に旅立ちそうな日のことだった。
セレナは結婚してからほとんど部屋に閉じこもっているが、ラシェルはそれで構わないと言ってくれた。だからきっと、この先も恋愛に至ることはないだろう。ロマンスを期待していたネヴィアには申し訳ないが、現実はこんなものである。
(お互い見ているものが違うと思うのよね。私たちに共通点があるとは思えないし、普段の会話にだって困るんだから)
しかしネヴィアは諦めなかった。契約結婚であることは聞いているが、やはり娘には幸せになってほしいのだ。悲劇的な結末で前世を終えたからこそ、尚更その思いは強い。
「焦ることはないわ。あの子も忙しい人だし、セレナだってこの間まで新刊の原稿で手一杯だったでしょう? これからじっくりお互いを知っていけばいいのよ」
「そう、ですね」
セレナは曖昧に笑う。あまり期待に応えられる自信がなかったのだ。
(私もう結婚に憧れってないのよね……)
セレスティーナであれば素直に頷き、母と恋の話題に興じていただろう。前世の自分は恋というものに夢を見ていたと自覚している。あの頃は王子様と結婚するのだから幸せになれると信じていられた。
(けど現実は、物語のようにはいかない。物語ならハッピーエンドに書き換えることもできるけれど現実は……)
お姫様は短い生涯を終えた悲劇の王女と呼ばれている。
愛していると言ってくれた婚約者の王子も、本当は自分のことなど愛してはいなかった。甘い夢ばかり追いかけていたせいで現実に気付けず、簡単に騙されてしまった。もう同じ過ちを繰り返したくはない。
ところがなんの因果かセレスティーナはセレナとして生まれ変わっていた。
(だから私は幸せな物語を紡ぐの。セレスティーナとして幸せになれなかった分まで)
そのためにも契約結婚をしたのだ。夫に対する過度な期待はしていない。もう恋なんて甘い夢に身を焦がすつもりもない。きっとラシェルも同じ気持ちでいるからこそ自分を選んだに違いない。
(ごめんなさい、お母様。純粋だったセレスティーナはもういないのです)
心の中でセレナはかつての母に向けて謝った。
(さてと、私も帰りましょうか。あの家、契約結婚だからこそ生活は快適なのよね)
今も鮮明に思い出せる。彼が求婚に訪れたのは新刊の入稿が迫るあまり徹夜続きの疲労困憊、気を抜けば立ったまま夢の世界に旅立ちそうな日のことだった。
セレナは結婚してからほとんど部屋に閉じこもっているが、ラシェルはそれで構わないと言ってくれた。だからきっと、この先も恋愛に至ることはないだろう。ロマンスを期待していたネヴィアには申し訳ないが、現実はこんなものである。
(お互い見ているものが違うと思うのよね。私たちに共通点があるとは思えないし、普段の会話にだって困るんだから)
しかしネヴィアは諦めなかった。契約結婚であることは聞いているが、やはり娘には幸せになってほしいのだ。悲劇的な結末で前世を終えたからこそ、尚更その思いは強い。
「焦ることはないわ。あの子も忙しい人だし、セレナだってこの間まで新刊の原稿で手一杯だったでしょう? これからじっくりお互いを知っていけばいいのよ」
「そう、ですね」
セレナは曖昧に笑う。あまり期待に応えられる自信がなかったのだ。
(私もう結婚に憧れってないのよね……)
セレスティーナであれば素直に頷き、母と恋の話題に興じていただろう。前世の自分は恋というものに夢を見ていたと自覚している。あの頃は王子様と結婚するのだから幸せになれると信じていられた。
(けど現実は、物語のようにはいかない。物語ならハッピーエンドに書き換えることもできるけれど現実は……)
お姫様は短い生涯を終えた悲劇の王女と呼ばれている。
愛していると言ってくれた婚約者の王子も、本当は自分のことなど愛してはいなかった。甘い夢ばかり追いかけていたせいで現実に気付けず、簡単に騙されてしまった。もう同じ過ちを繰り返したくはない。
ところがなんの因果かセレスティーナはセレナとして生まれ変わっていた。
(だから私は幸せな物語を紡ぐの。セレスティーナとして幸せになれなかった分まで)
そのためにも契約結婚をしたのだ。夫に対する過度な期待はしていない。もう恋なんて甘い夢に身を焦がすつもりもない。きっとラシェルも同じ気持ちでいるからこそ自分を選んだに違いない。
(ごめんなさい、お母様。純粋だったセレスティーナはもういないのです)
心の中でセレナはかつての母に向けて謝った。
(さてと、私も帰りましょうか。あの家、契約結婚だからこそ生活は快適なのよね)


