悲劇の王女は生まれ変わってハピエン主義の人気小説家になりました

「君にもわかるか。リタの素晴らしさが!」
  
 無機質にセレナを見下ろしていた瞳が色めいている。

「リタ・グレイシアの物語はそこがいい。困難を乗り越え、苦難の果てに幸せが待ち受けている。君もわかってくれたか! あ、いや、すまない。つい取り乱してしまった」

 夫の新たな一面に、取り乱してたのかと遅れて納得する。

「その、君もリタを気に入ってくれて嬉しかった。執事から何か贈り物をしてはどうかとすすめられたのだが、女性が喜びそうなものはこれしか思いつかなかったのだ」

「私を、喜ばせようと?」

 本当だとしたら、気遣いのある夫に愛人疑惑を向けたことが申し訳なく思えてきた。

「どうした?」

「い、いえ! 他にも、おすすめはあるのでしょうかと……」

 つい誤魔化してしまったが、どうやら成功したらしい。こちらへと、書斎に誘導される。
 案内された書斎は可能な限り本棚を詰め込んだような内装だ。奥には立派な机が控えているが、そこで本を読むためのあつらえだろう。

「使用人たちにもこの部屋には近づかないよう言ってあるが、君は特別だ。この部屋に入ることを許そう」

 そう告げるラシェルの纏う空気は柔らかい。優しく緩む目尻に、この人は誰だと言いそうになった。

「凄い本の数ですね」

 同じ家に暮らしながらセレナは今日までこの部屋の存在を知らずにいたのだ。

「幼い頃から物語が好きでな。本を読んでいる間は孤独を忘れられた」

 セレナにも、セレスティーナにもその感情には覚えがあった。「俺は夫妻の本当の子どもではない。そのため心ない言葉を投げられることも多かったのだ」

 セレナの沈黙を自分への疑問だと感じたのだろう。ラシェルは孤独を感じた自身の生い立ちを語ってくれる。

(で、その人たちに次々と報復して、社会的に葬り去ったから冷血公爵なんて呼ばれているのよね……)

 だがセレナは知っていた。そのことを告げればラシェルはそうかと呟く。きっと彼の中ではそんなことも知らない妻だと思われていたのだ。

「こちらへ」

 差し伸べられた手に従うと、リタ・グレイシアの名で埋まる棚が目に入る。

「凄い……」

 同じ著者の名が本棚いっぱいに並べば壮観だ。しかもよく見れば同じ本が何冊もある。

「あの、同じ本が何冊もあるのですが」

「布教のためだ」

 セレナが渡されたのもそのうちの一冊だったのだろう。