悲劇の王女は生まれ変わってハピエン主義の人気小説家になりました

 サイン会は一対一で行われるため、一人ずつつい立ての向こうに通される仕組みとなっている。

「こんにちは。今日はありがとうございます」

 そう告げれば旦那様(仮)は怪しむことなく本を差し出してきたので練習した裏声の成果が発揮されたのだろう。セレナは本に記載するための名前を訊いた。

「お名前は?」

「ラシェル・ロットグレイで頼みたい」

(モニカ~本人だよぉ~……)

 混乱のあまり泣きそうだ。

「ラシェル・ロットグレイさんですねー……」

 まさか夫の名前をこんな所に書くことになるなんてと思いながら、セレナはサインを刻ませてもらった。
 サインを終えたのなら次は握手だ。白い手袋に包まれた手を差し出すと、ラシェルは慎重に両手を添えてきた。とても優しい手付きであることが布越しにも感じられる。

「リタ・グレイシア。君の本には深い感銘を受けた。君は俺の人生に大きな影響を与えてくれた。これからも活躍を楽しみにしている。だが無理はしてほしくない。どうかその身を大切にしてくれ」

 セレナとモニカの努力の成果だろうか。驚くほど呆気なく、無事サイン会は終了したのである。
 けれど交わした眼差しに、想いのこもった言葉。握られた手の熱さはいつまで経ってもセレナの中から消えはしなかった。

「あれ、本当に旦那様?」

 これが物語でよくある夫の知らない一面を見たという場面なのだろうか。なるほど、物語で書くよりも衝撃は大きいらしい。

 余談ではあるが、翌日の新聞の見出しは【リタ・グレイシアは男装の麗人!?】だった。
 違うっ!! と新聞を握りしめたセレナを宥めるのが大変だったと言うのはモニカの証言である。
 衝撃と疲労はそのままに、帰宅したセレナを待っていたのは件の夫だ。