「春花、どうした?」

リハビリがてら家でピアノを弾いていた春花だったが、曲の途中で手が止まり、すぐそばで聴いていた静が声をかける。

「ううん。何でもないよ」

フルフルと首を横に振るが、捻った左手首が思うように動かせず先ほどから納得のいかない演奏に気持ちが沈んでくる。

「少しずつだよ、春花」

察して静は春花の左手首を優しく撫でる。その心遣いが優しすぎて春花は胸が苦しくなった。

いつだって静は春花を優先する。ピアノのリハビリもずっと付き合ってくれている。静だって次の公演に向けて練習をしなくてはいけないはずなのに、「俺はいいから」と身を引くのだ。そんな優しさが、かつての自分を見ているようで苦しい。

そんなに気を遣わなくていいのに。
もっとわがままになってくれていいのに。

「ねえ静、海外公演を断ったって本当?」

「春花、その話どこから……?」

「やっぱりそうなの?」

「いいんだよ、それは。別にピアノなんてどこにいても弾けるだろう?」

「でも夢なんでしょう?世界中の人を魅了するのが静の夢」

核心を突くような言葉に静は息を飲んだ。だがすぐに首を小さく横に振る。

「俺の今の夢は春花を幸せにすることだよ」

優しさが一層春花の胸を締めつける。それはそれとして静の本心なのだろうと思う。だがその言葉の裏にはやはり自分の感情を押し込めていると思わざるを得ない。

静は誰よりも努力家で誰よりもピアノが好きで、もっと世界に羽ばたきたいと願っている。ずっと近くで見てきた春花だからこそ、わかるのだ。