ようやく春花が落ち着くと、静はポツリと呟く。

「泣いてちょっとはすっきりした?」

「……うん」

「俺が山名の分まで音大で頑張ってくる。ピアニストになってみせる」

「……うん」

「だから山名もピアノ辞めるな。山名のピアノは人を優しい気持ちにさせる。俺は山名のピアノが好きだ」

静の言葉がぶわっと春花の体を駆け抜けていく。まるで告白でもされたかのように気持ちが高揚し、先程まで落ち込んでいた気持ちが嘘のように晴れていった。

「桐谷くん、もう一度トロイメライ弾かせて」

「ああ」

二人は並んで座り直し背筋を正す。
静の呼吸音を合図に柔らかく鍵盤を叩いた。

今度はお互いの手に触れることなく綺麗な旋律を生み出していく。

もう春花に迷いはない。
静も決意を新たにする。

トロイメライを弾きながら、二人はそれぞれの未来を夢描いた。

これから先、別々の道を歩もうとも、ピアノは続けていく。それが道標となっていくのだろう。

この日の出来事は春花にとって、キラキラしていて宝石のように心の中でずっと輝く忘れられない素敵な思い出となったのだった。