春花も音大を志望し、二人のピアノは益々熱が入った。

受験は一月。連弾のコンクールも一月というハードスケジュールだったが、お互い何も苦ではなかった。むしろ二人でいられる時間が幸せすぎて、勉強もピアノもどんどん向上していく。

だが、ある日春花が家に帰ると、いつもと様子が違っていて不思議に思う。

「……ただいま」

キッチンにいるであろう母に向かって声をかけると、「おかえり」と明るい声が返ってきて春花はドキッとする。

春花の両親はずいぶん前から不仲で、家はいつも雰囲気が悪かった。居心地の悪さから春花は家に帰るとすぐに自室へこもって過ごしていたのだが、なぜか今日は母の機嫌がいい。

「春花、話があるのよ」

「あ、うん。カバン置いてくる」

ドキドキと脈打つ鼓動はやがて胸騒ぎへと変わっていく。

なんとなく覚悟を持って母の元に行くと、食卓にはケーキが用意されており、母の口からは離婚したことを告げられた。

「春花にはずっと辛い想いをさせてごめんね」

そういう母の顔はずいぶんと晴れ晴れしており、春花の知らないところでいろいろな苦労があったのだろうと推測された。

「それでね、この家も売ることになったのよ。近くのアパートを借りるから、学校に通いにくくなることはないと思うけど」

「うん、わかった」

「春花、ピアノなんだけど……」

「わかってる。持っていけないんだよね?」

「ごめんね」

「大丈夫。ピアノは学校で弾けばいいし、貯金してあるお年玉でキーボードでも買うよ。それよりよかったね、離婚できて」

「春花、ありがとう」

「で、お祝いのケーキってこと?」

「……お祝いとお詫びを兼ねて。春花には悲しい想いをさせてしまうわ」

「別に悲しくなんてないよ。お父さんとはもうずいぶんしゃべってないし、お母さんが笑っててくれる方が私は幸せ」

「春花……」

母はグスグスと鼻をすすり、春花は何でもないようにケーキを平らげた。