仕事が終わり家に帰ると玄関には高志の靴が脱ぎ捨てられており、春花は無意識にため息をつきながら中へ入っていく。

「遅い」

開口一番、高志は不機嫌に言い、その言い草に春花もカチンとなって強い口調で言い返した。

「来るなら来るって言ってよ」

「言ったよな」

「聞いてないよ」

「仕事終わったか聞いたんだから、来るに決まってる。それくらいわかるだろ?」

春花は帰る前に見た高志からのメッセージを思い出すも、それらしき会話をした記憶はない。

「わからないよ」

「わからないならお前はバカだ。理解力がない」

どこまでもあげつらう高志は自分が正しいとばかりに春花を責め続け、相手をひれ伏さんとする。だが春花ももう限界を超えているのだ。いつまでも高志の言いなりにはならない。

春花はぐっと拳を握る。

「……もう帰ってよ」

ようやく絞り出した声は少し震えてしまったが、それでも負けてたまるかという意志が込められている。

「ふざけんなよ」

高志の言葉は更にヒートアップし、手が出ることはないものの春花は胸をえぐられるようにズキズキと痛んだ。

悔しくて悔しくて、泣きたくないのに涙が溢れてきて、それを見た高志は更に勝ち誇ったように「泣けばいいと思って」と責め立て、ようやく長いケンカが終わったのは深夜になる頃だった。

散々罵り春花を泣かせた高志は気が済んだのか、コロッと態度を変える。

「俺は春花が好きだから、春花に会いたかったんだ。俺は春花がいないとダメなんだよ」

甘えた声はただの耳障りでしかなく、春花は何も返事ができなかった。

「春花、ほらおいで」

高志は春花に優しい笑顔を向けながら、春花を包み込むようにぐっと抱きしめる。

いつもならこれで仲直りをする。いい子でいたい春花は高志のことを許してしまうのだ。

だけど今日の春花は違った。もううんざりだとばかりに、抱きしめられても腕はだらんと下ろしたまま、彼を抱きしめ返すことはなかった。