「ちょっとごめんね」

「ああ、うん」

静に断りを入れてから、春花は電話を耳にあてた。

「……うん、今仕事終わって帰るとこ。だから仕事だってば。……すぐ帰るから」

やはり電話の主は高志で、今どこにいるんだ、帰りが遅いなどと文句を連ねる。ため息深く電話を切ると、静が怪訝な表情で春花を見ていた。

「あ、ごめん、桐谷くん」

「山名、もしかして無理やりコンサート来てくれた?」

「え?ああ、いや、無理やりっていうか、桐谷くんのコンサートに来たかったのは本当。……実は彼氏の束縛が激しくて、内緒で来たの」

「彼氏の束縛?」

「あはは、もう、困っちゃうよね。束縛なんてさ」

笑いながら何でもないように言う春花だったが、静の表情は益々強張った。そして伺うように聞く。

「山名、今幸せ?」

「え?」

「彼氏に束縛されて幸せ?」

ドクンと心臓が嫌な音を立てた。その確信を突いた問いは春花の心をざわざわとさせる。

「……ど、どうかな、あんまり幸せじゃないかも」

「山名……」

「ごめん、そろそろ帰るね。これからも頑張ってね」

春花はふいと目をそらすと静の元を去ろうと足を踏み出す。だが、ガシッと左腕を掴まれ驚きのあまり足を止めた。

「待って。次も来て」

その意思の強い綺麗な瞳は春花をとらえて離さない。春花は小さくすうっと息を吸い込んでから、

「うん」

と頷いた。その答えを聞いてから静はそっと手を離し、春花は控えめに手を振ると急いで夜道へ消えていった。

静は複雑な気持ちで、春花の姿が見えなくなるまでずっと後ろ姿を見つめていた。