決意を胸に帰宅した春花だったが、部屋には合鍵で勝手に入った高志が酔いつぶれて寝ているという最悪な有り様だった。テーブルの上には数本の飲み終わった缶ビールと中途半端に残ったコンビニのつまみ。

「ちょっと……」

不快なため息をつくも、当の本人には届くわけもなくぐーすかと眠りこけている。

いっそのこと蹴飛ばしてやりたいとすら思えるほど春花は頭に血が上る。

彼氏だからといって何をしても許されるわけがないのに、高志はいつも我が物顔で春花の家に入り浸っていた。どんなに高志が酔いつぶれて寝ていようが、どんなに自分勝手にしていようが、見捨てられるわけがないと思い込んでいる高志。甲斐甲斐しく世話を焼いてしまう春花の優しさを逆手にとって、自由気ままに過ごしているのだ。

そんな高志の思惑にも薄々気付いている春花の気持ちはもう限界に近かった。

(いいかげん、早く別れなくちゃ……)

春花は高志に気持ちばかりの毛布だけ掛けてやると、部屋の明かりを最小限に暗くした。

もう朝まで起きないでほしい。
話をしたくもない。
早く朝になって仕事に行ってほしい。

春花は部屋の隅で小さくなると、携帯電話にケーブルを繋ぎイヤホンを耳にぎゅうっと押し当てた。

イヤホンから流れるピアノの音。
重厚なその音は、優しくて心地よくて音楽の波にふわりと包まれるそんな感覚。
嫌なことを忘れさせてくれるような癒しの旋律。

携帯電話の画面に表示されるアルバム名は『桐谷静』だ。静のソロアルバムは、春花の生活になくてはならない必須アイテムだった。