しかし、私と雄一君が親しくなったのは
季節どころか学年も変わった
小学4年生になってからだ。

偶然クラスで席替えをすることになり、
偶然席が近くなった。
その日から私は彼の背中を見て
授業を受けることになった。

その時点で、私は特に彼に対して
なにか特別な感情がある訳ではなかった。
ただ、少し気になってはいた。
小学生とは思えない妙な落ち着いた雰囲気
だけど休み時間になると必ず外へ行き、
やっと帰ってきたと思えば
また春になったばかりで
汗をかく程の気温ではないのに
汗をありえないほどかいて、
満面の笑みで帰ってくるのだ。

そんな彼を見ていると
なんだか気になって仕方なかった。

授業中そんなことを考えていると、
「コンパス使うぞ〜!!」と叫ぶ
山内先生の声が聞こえた。

コンパス…。
その言葉に違和感を感じた。
そうだ、私はコンパスなんて持ってきていなかった。。

先生に怒られることも、
だからといってみんなの注目を浴びながら
「忘れました。」と言い出すことも出来ず
時間だけが過ぎていった。

コンパスを使う部分だけを飛ばし、
そこは後で友達に借りて、
その先のノートを書き進めればよかったのに
変にノートへのこだわりがあり、
もし今5行開けて進めたとして、
1行余ったら…?余ればいいけど
もし足りなかったら?
そう考えると書き進められなかった。

追い込まれた私が思いついたのは、
先生にバレる事無くコンパスを
その場で借りることだった。
幸いも斜め後ろには、
親友の高田美香(たかだ みか)のが座っていた

よし、美香に借りよう!!
そう思ったけど、
もし私が振り向いている時に
先生がこちらを見たら??
そもそも、斜め後ろって絶妙に距離があって
それなりに大きな声を
出さなきゃいけないんじゃない??
そう考えると、美香にも借りられなかった。

隣の席も、真後ろの席も
そこまで仲が良いという訳では無い。
むしろ、私が苦手な人達だった。
となると残るのは、
前に座っている加藤くんだ。

加藤くんとも話した事は
あまりないけれど、
美香に借りれない以上
彼しか私には残っていなかった。

先生が黒板に書き込んでいるのを確認し
意をけして、あまり話したことの無い
加藤くんの背中を突っついた。

あまりの驚きに、加藤くんの体が
一瞬ビクッ!と動いた。
それを見てしまった私は、
申し訳なさと今にも笑いだしそうなのを
必死に堪えていたので
大変な顔をしていたと思う。

転校してきた時と変わらない
目にかかってしまうほど伸びた前髪から
見てた加藤くんの表情はとても驚いていた。
驚いた顔で、
「なに?」と言われた。

それはそうだ。
あまり話したことのないない女子に
授業中いきなり背中をつつかれ、
振り返ったら
すごい顔をしているんだから。

しかし私はさらに驚いた。
ほぼ初めてと言っていいくらいに
初めて見た加藤くんの顔
それはとても綺麗で、
こういう顔の子を世間では
「イケメン」だとか
「カッコイイ」と言うのだろう。

驚きのあまり、
こちらからつついたのに
沈黙の時が流れた。

「え?」という顔で
私のことを見続ける加藤くんにさえ
見とれていた。

数秒後、私はふと我に返った。
「私から背中をつついたのに
黙ってちゃ困るじゃん!!!」

「あのさ、コンパス貸してもらえない?」

多分これが初めて
彼にかけた言葉だ。

少し戸惑いつつも、
「いいよ」と自分のコンパスを貸してくれた


彼のコンパスは
みんなが持っているようなのと同じなのに
何故か今まで私が使って方ものの中で
「1番使いやすいんじゃないかな?」
と思った。

使い終わったのにも関わらず
しばらく彼のコンパスを見つめていた。
見つめているのに意味なんてなかった。
ただ、たど、なんの意味もなく見つめた。

今思えば、初めて見た加藤くんの
顔が、表情が忘れられなかったのかもしれない。

そんな事を1人で考えてるうちに
授業は終わってしまった。

チャイムの音で我に返り、
やっと加藤くんにコンパスを返した。

「ありがとう!」そう言うと、
彼は笑っていた。笑いながら
「いいえ」と言ってくれた。

彼が笑ったことが、
初めて話せたことが当時の私は単純に嬉しかった!咄嗟に、
「いきなり背中突っついてごめんね」
と声をかけた。
「あれはほんとにいきなり過ぎて凄いびっくりしたよ」とまた彼は笑った。

その笑顔に、どこか胸が締め付けられる感覚が襲った。
その時私は、「きっと初めて話したから」
そう思っていた。