君が夢から醒めるまで


 彼女はその後何度も私に謝ってきた。その度に私は笑顔を作り、彼女の背中をさすった。
 玄関から家の中を見渡す。もう二度とここへ来ることがないと思うと視界が滲んでいく。そんな私を優しく抱きしめてくれた彼女の腕の中は、匠真の温もりとよく似ていた。力強く抱きしめると、彼女は私の頬を流れる涙を拭ってくれた。

「琴音ちゃん、匠真の傍にいてくれてありがとう。匠真のことを好きでいてくれて、ありがとう。匠真を、あの子を守ることを選んでくれて、傷つけないことを選んでくれて、本当にありがとう。——あなたは人を想える素敵な子よ。これから先、どんなことが合ってもそのままのあなたでいてね。あなたの存在で、救われる人がきっとたくさんいる。だから……だから必ず、幸せになってね。さようなら」

 彼女はもう涙を流さなかった。緩んだ頬が私に泣いてもいいと言ってくれているようで、大粒の涙が私の頬を伝っていく。私がしたように背中をさすってくれる彼女の手が温かくて、優しくて、柔らかくて、涙は次々と流れ出た。

「文さん、私、文さんの優しい笑顔が大好きでした。ちょっと苦いお茶も、一緒に出てくるお茶菓子も、全部全部、大好きでした。——どうか、お元気で」

 泣きながら言ったその言葉がきちんと彼女に伝わったかは分からないけれど、彼女は私の大好きな笑顔で大きく頷いてくれた。
 最後に深く頭を下げてから彼女に背中を向けて歩き出すと、今度は春の心地良い風が私の涙を拭ってくれた。この町の桜はもうすっかり散って、辺りを緑に染めている。始まったばかりだと思っていた春は、日々その色を変え、時期にやってくる夏への準備を始めていた。夏が来る前に、春のうちに、私はやらなければならないことがある。

 今年の春も私に連れてきたのは、出会いではなく、別れのようだ。