一人で訪れるその場所に以前のような懐かしさは感じられず、電車に揺られている時も、田舎道を歩いている時も、ただひたすらに匠真のことだけを考えた。どんな真実でも受け入れようという覚悟をするのに十分な時間が与えられているようで、文さんの家に着くころにはすっかりと覚悟を決めている自分がいた。

 いつものような優しい笑顔で「いらっしゃい」と中に通してくれた彼女の姿は、返ってぎこちないように私の目に映った。お茶を取りに台所へと向かった彼女に言われるがまま、冬は炬燵になっていたそのテーブルの前に座る。膝を曲げようとした時に初めて自分の震えに気づき、ほぐすようにしてゆっくりと腰を下ろしていく。
 昨夜七年越しに開封した小さな薄いピンク色の袋。その中にあった第二ボタンをポケットの中で強く握る。そうすると力を入れた手の中に熱がこもっていった。お盆に二つの湯呑みを乗せた彼女が戻って来ると、弛緩しかけていた体に一気に力が入る。握りしめた手がそっとその力を解放すると、指先まで血が通うには少し時間がかかった。

 改めて対峙した彼の祖母はやはりどことなく彼に似ている気がする。彼女はお茶を一口飲むと私に頭を下げた。

「今日は来てくれてありがとう」

 思わず私も彼女に倣う。テーブルの単調な木目にピントが合う前に顔を上げると、彼女から一冊の冊子を手渡された。

「今日はこれを、あなたに見てほしかったの」

 手に取ってみてすぐにそれがアルバムだということを察した。埃一つと付いていないことから、いかに丁寧に保管されていたかが分かる。一度大きく息を吸い込み、そして静かに吐き出した。全ての邪念を今だけ振り払うようにして、分厚い一ページ目を捲る。

 一枚の写真に笑顔で映る五人。どの顔も私の知っている顔だった。大きめの制服を着た私の横に並ぶピースをした匠真、そしてその後ろから見守るように微笑むのは彼の母親と私の両親だった。同時に私の記憶が一気に巻き戻しを始める。たどり着いたそのページは中学の入学式だった。

 彼の父親はその日も仕事で不在だったため、母親と二人で写真を撮っていたところを、私の父が一緒に撮ろうと声をかけたのだ。大勢で撮ったほうが思い出に残ると訳の分からない理論を語り、五人で記念撮影を行った。

「この写真……」

 顔を上げた私に彼女は首を縦に動かすことで、次のページを捲ることを許した。
 それからは匠真が生まれたときからの成長記録のようにアルバムは綴られていた。ちょうど匠真が姿を消したあの春までの写真が私の視界一面に広がる。笑顔を向ける彼の横に写る私が笑っている。私たちはずっと一緒にいたんだ。昨日のことのように思い出される記憶たちが私の胸をいっぱいにすると、ページを捲る手は止まらなくなった。
 最後のページを開いたとき、視界に入ったのは写真ではなく、匠真に宛てられたメッセージだった。読んでもいいものかどうか彼女に視線を送ると、先ほどと同じように彼女はコクリと頷く。

 丁寧な字で一文字一文字力強く書かれているその手紙は、後半になるにつれて少しずつ筆圧は薄くなり、時折滲んだように見えづらくなっていた。ページからはみ出しそうなくらいの愛情と共に、私が知らなかった匠真の様子や母親の想いがそこには記されていた。最後に書かれた日付がちょうど匠真が十五歳になった日であることから、このアルバムが誕生日プレゼントであることを物語っている。

「匠真はこれを、受け取ったんですか?」

 私が尋ねると、彼女は悲しそうに首を振る。

「匠真は……飯村君は、あなたの本当のお孫さんですか?」

 彼女としっかりと目が合った。ほんの少しだけ頬を緩ませ頷く彼女に私は言葉を失う。だって彼女のついている嘘はあまりにも残酷だと、そう思ったから。彼にとっても、彼女にとっても、それはあまりにも残酷すぎる。