次の日私たちは緑色の屋根が印象的な小さなカフェで一緒に昼食をとることになった。待ち合わせ時間ギリギリに到着した私をスーツ姿の彼が出迎える。
 店内に入ると若い女性スタッフが丁寧に接客をしてくれた。屋根に合わせてあるのか淡い緑色の制服が珍しく、「制服可愛い」という声がどことなく客たちの中から聞こえてきた。

「夕方から説明会なのに大丈夫だった?」

「全然大丈夫。俺が会いたかったんだし」

 照れる様子のない彼に私の方が照れてしまう。それなのに当の本人は相変わらずそんな私を見てクスクスと笑っている。

「ねぇそれ、からかってるの?」

「まさかぁ!可愛いなぁと思って見てるだけ」

 そう言ってまた笑った。想いを伝え合ったあの日から私たちの関係が今までと何か変わったかと言われればそんなことはない。だけどこの変わらない関係性が私にはちょうどいいのかもしれない。
 文さんに言われたことを忘れることはなく、それが私に彼とのこれ以上を望ませなかった。好きだから近づきたい。そんな本音を打ち消してしまうほど、この先彼を傷つけてしまうかもしれないと思うと怖かった。

「浅倉さんは?就活は順調?」

「あぁ、ぼちぼち、かな?」

 藤山先生の家に行って以来就活というものと一定の距離を置いていたけれど、それを彼に言おうとは思わなかった。言ってしまえばまた彼との距離が近づいてしまう気がして言えなかった。

「そっか、俺もぼちぼち。——そうだ、昨日言ってた宮部の話ってなに?」

 昨日のやり取りの中で私は宮部君のことで話があるということだけ伝えていた。運ばれてきたパスタを口に運びながら彼がその話を持ち出す。
 それから昨日聞いた話をざっくりと彼に説明した。その上で私の意見も述べつつ、宮部君をよく知る彼に意見を求めた。すると彼は腕を組み、椅子にもたれかかりながら「うーん」と分かりやすく頭を抱えた。

「宮部と恋愛の話なんてしたことないからなぁ」

「そうだよね……女の子じゃないしね」

「うん、そう。男はそういう話しないんだよね」

 そう言ってフォークを持ちパスタを器用に巻き出した彼を見ながら私はまた匠真を重ねる。行き場のない気持ちを隠すように私もパスタをフォークに絡ませた。歪な形に巻かれたそれを口に運ぶと、バジルがそっと鼻を通る。
 お互いの皿が空になると、彼は彼なりの意見を話してくれた。

「牧野さんのことは大事にしてると思うよ。それはあいつ見てると俺も分かる。それにあいつ浮気とかするタイプじゃないと思うよ?だってめちゃくちゃ不器用だもん。それこそパスタもラーメンみたいにすすって食べるタイプ」

 彼は空っぽの皿を指差しながら笑った。その後「だから何か理由があるんじゃないかな」と呟き、スマホを取り出した。

「こういうのはさぁ」

「うん?」

「本人に聞くのが一番!」

「——うん?」

 そう反応した時には彼のスマホは既に彼の右耳に当てられていた。にやりと笑いながらこちらに目配せしてくる彼は相当楽しんでいるように見える。


 結局宮部君は電話に出ず、その後送ったメッセージに既読がつくこともないまま、説明会の時間が近づいた。店を出て駅まで一緒に歩きながらも彼の右手にはスマホが握られていて、私もそれを気にしながら足を動かす。

「嘘だろ」

 駅に着く直前、横を歩く彼が突然そう言った。遠くを見る彼の視線の先を追うと、そこにいたのは宮部君と見知らぬ女性だった。私の口からも「嘘でしょ」という声が漏れる。お互いそれ以上何も言えなかった。
 宮部君はそんな人じゃない、そもそも友梨ちゃんの見間違えなのではないか。彼からの返答を待っている時間に私たちはそんな話をしていた。それが全てかき消されると二人で言葉を失った。
 暫く二人の様子を窺っていたけれど、説明会の時間はすぐそこまで迫ってきていた。時間を確認した彼は「行かなきゃ」と言ってスマホをポケットへ押し込み、

「ごめん、終わったら連絡するから」

 そう言い残し駅に向かって走っていった。風を切るスーツの裾が揺れて、それをバネにスピードを上げると彼の背中はすぐに見えなくなった。