「琴音は好きな人いるの?」
その声は優しい風と共に私の頭上から降ってきた。この台詞を聞いたのはいつだっただろうと記憶を巡らせる。
「夢?」
いつか見た夢を思い出し咄嗟にそう口をつく。ブランコから見上げるその顔は横からの強い陽でとても輝いて見える。それでもなぜか今回はしっかりと大好きな人の顔を見ることができた。
まるで時間が止まったかのようにじっと見つめる私に匠真は続けて話し出す。
「俺はいるよ、好きな人。琴音はいるの?」
私の視線に負けじとこちらを見つめながらそう言った匠真を見て、現実に引き戻される。これは夢じゃない、今ここに匠真がいる。言わなくちゃ、伝えなくちゃ。
ねぇ匠真、聞いて。会えなくなる前に君に伝えたいことがあるの。落ち着かない心をなんとか抑えて私は口を開く。
「私も、いる。ずっと好きな人が、いる」
言葉にしてしまうと、もう匠真の顔を見られなかった。恥ずかしいという気持ちよりも、もうすぐ遠くへ行ってしまう彼のことを思うと涙が出そうだったから。どこを見ればいいのか分からず下を向くと、使い古したローファーが陽の光に反射して私の目を刺激した。なんとなくそれが悪い前兆のような気がして、すぐに目を逸らした。
「そっか。その人に気持ち伝えるの?」
どこか寂し気げな声で匠真は私にそう聞いた。
「伝えたい。けど、怖い」
壊れそうな心臓に逆らってそう答えながらも相変わらず下を向く私の前に匠真はしゃがみこんだ。そして両手で私の頬に手を添えながら自分の目線に私の顔を持ち上げた。
それから優しい笑顔で彼は言う。
「頑張れ。琴音なら大丈夫、俺が保証する」
あぁ、やっぱり私はこの人が好きだ。私の心の明暗の源なんだ。これから先何があるかなんて分からない。今からそんなことを考える余裕なんて私にはない。ちゃんと伝えよう。目を見て、触れられる距離にいるうちに、この気持ちを伝えるんだ。あとはもう、どうにでもなればいい。私は右手でぎゅっと自分の制服の裾を掴んだ。
「明日、明日また、ここに来てほしい。卒業式が終わってから——待ってるから」
緊張が伝わる私の声を聞いた匠真は、目を丸くして驚いていた。それから少し間をあけて、「分かった」と言った彼の声に私はなぜか少し弱さを感じた。それは、なんとなく「お願いします」と初めて会った日に交わした挨拶を思い出させるものだったからだろうか。
部屋の前まで来ると、匠真はポケットから小さな袋を出して私に手渡した。卒業式が終わってから見てほしいと言って私の手のひらに置かれたそれは、片手で握りしめられるほどに小さいものだった。匠真の手の中で少しだけ皺になっていた薄いピンク色の袋を見て、私はやっぱりここで初めて話したあの小さくて少し可哀そうだった匠真を思い出していた。