「そういえば宮部とのこと、よかったよね」

 去っていく友梨ちゃんを目で追う彼が思い出したように言った。

「うん、本当によかった。二人とも中学の時から両思いだったんだね」

「え、そうだったの?!」

 彼が目を丸くして驚いている様子を見て、何も知らなかったのだと悟る。そういえば昔、男の子はそういった類の話をあまりしないと匠真が言っていたことを思い出した。飯村君と宮部君というかなり親密そうに見える二人の仲でもそういう話してこなかったのかと、女子とは違う男子の世界を改めて不思議に思う。

「宮部君ね、中学の時に友梨ちゃんが第二ボタンを予約しに来たら告白しようと思ってたみたい。でも当時の友梨ちゃんはその勇気が出なくて、結局そのまま何もなく終わっちゃったって。だけどさ、今になってこうやって——」

 そこまで話したところでもう誰も(・・)私の話を聞いていないことに気がついた。

「第二ボタン——」

 遠くを見ながらそう呟く彼に声をかけていいものか迷ったけど、気づけば「大丈夫?」と口から出ていた。

「あ、ごめん!続けて?」

 私の声で我に返ったように慌ててそう言った彼に、もう一度「大丈夫?」と声をかける。すると彼は遠慮がちに口を開いた。

「いやさ、『第二ボタン』って聞いて、なんかこの辺りがざわついた気がして」

 そう言いながら自分の胸のあたりに手を添えると、彼は困った笑顔で「たまにこういうことあるんだよね」と言った。
 そんな彼を見ていると、なぜだか文さんの顔が浮かんできた。彼のことを話してくれた時の彼女の様子が突然頭に浮かんで、どうしようもない気持ちに苛まれていく自分がいた。

「気にしないでいいよ」

 彼は作り物のような笑顔を見せると、何かを誤魔化すかのようにコーヒーを飲んだ。そんな顔をするなんて、ずるい。気にするな、心配するな、これらは全て本音の裏返しではないか。もしそうなら今の彼の言動を見過ごすわけにはいかない。だけど私に何ができるのだろう。彼のために私ができることは、いったい何だろう。
 この答えを私はこれからも幾度となく考えると思う。考えても考えても、もしかしたら答えなんて出ないかもしれない。それでも考えていたいと思えるのは、きっと新しく芽生えた彼への気持ちのせいだ。