家の中にはストーブが焚いてあり、その暖かさが部屋中に広がっていた。外気でひどく冷たくなっていた指先まで一気に熱が帯びていく。あまりの寒暖差に耐えきれなくなった指が徐々にその感覚を失くす。だけどそれも時間が経てば元に戻り、私の体は芯から暖かくなった。

「何か飲み物持ってくるね」

 文さんが私たちにそう言って台所に向かったのを見て、私もすぐさま「手伝います」と後を追う。

「うちは私一人だからお茶しかないんだけど、いいかしら?」

「もちろんです!」

 無駄に元気よく答えている自分に過去の自分が重なった。自分の名前を大きな声で言ったあの日。たしかあの時はその後深くお辞儀をしたっけ。地元に似たこの場所では自然と懐かしい記憶が蘇ってくる気がした。

 文さんに淹れてもらったお茶を運んでいくと、彼は仏壇にお線香をあげて手を合わせていた。急須と湯呑みを乗せたお盆をテーブルの上に置いて私が近づくと、彼は遺影を見ながら「この人は文さんの旦那さんの義信(よしのぶ)さん。俺が大学生になってすぐに病気で亡くなったんだ」と教えてくれた。
 だから文さんは今この家に一人で暮らしているのか。心の中で納得した私は遺影に映る笑顔を見て、どうしてか飯村君に似ているなと思った。見比べるように彼の横顔を見ると、寂しそうに目を細めながら小さく笑っていた。そうだ、この人は彼にとって大切な人なんだ。彼に優しくしてくれた人なんだ。

「私も飯村君に優しくします」

 これは口に出さずに心の中で呟くに止めておく。お線香に火を灯し、手を合わせると、「よろしく頼むよ、琴音ちゃん」と聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。

 文さんの淹れてくれたお茶は、私が普段飲んでいるものよりも苦味が強かったけれど、飲み込んだ後に喉に茶葉が残る感じがするのも、ここではなぜか簡単に受け入れられた。私の横で同じものを飲んでいた彼は、「相変わらず苦いなぁ」とぶつぶつ言っていたけれど、その表情はとても嬉しそうに見えた。