「実は今日、三対三の合コンだったんですけど、私の友達が急に二人とも来られなくなっちゃって、それを幹事の男の子に伝えたら、『せめてあと一人!連れてきたてくれたら俺がなんとしても場を成立させるから!』って言われて。だからバイト前に色んな友達に声かけてもみたんですけど、結局誰もつかまってない状態だったんです。で、そんなところに琴音さんですよ!本当に助かりました」

 途中、幹事の男の子のモノマネをジェスチャー付きでやりながら楽しそうに話す彼女は、まだ何も飲んでいないのに酔っ払っているように見えた。もう既に、この場に酔っているのかもしれない。彼女らしいその姿に私の表情もどんどん緩くなってくる。

「あれ、でも友梨ちゃん。彼氏は?いいの?」

 可愛い後輩を優しい眼差しで眺めていると、ふと彼氏の存在を思い出した。なのでとりあえず彼女に聞いてはみたけれど、楽観的な彼女のことだから、『彼氏がいる人は合コンに行っちゃいけないなんて法律ありません』などと、正論ではあるがどこか捻くれた持論をぶつけてくることだろう。だけど、また論破されると思った私の耳に届いた言葉は想像していたものと全然違っていた。

「別れました」

「……え?」

 まさかの反応に困惑する私に彼女が声を出して笑った時、ちょうど相手の男の子たちが到着した。本当はこのまま彼女と話し込みたいという願いも虚しく、そういう訳にはいかない。私が彼女にそっと目配せすると、おそらく「また後で」と口を動かした彼女は左目を器用に一瞬だけ瞑ってウインクをしてみせた。私がそれをみて察したことといえば、今日の彼女はかなり本気だということだ。
 もしかして連絡を取り合っていたとされる幹事の男の子を狙っているのだろうかと思い、向かい側に腰掛ける彼らに目を向けると、どういう訳か男の子側も二人しかいない。三対三の予定を女性陣が二人ということで相手もそれに合わせたのだろうか。まぁ何にせよ私としては気を遣う相手が減って好都合だ。

 どちらが幹事なのか。……分からない。二人とも友梨ちゃんと普通に会話をしているように見える。三人は元々知り合いなのかもしれない。用意されたおしぼりで手を拭きながら三人の様子を眺めていると、そんな私に気づいた男性側の一人が「自己紹介しましょうよ」と言い出し、その合図で私たちは順に話し出すことになった。

 結論から言うと、三人は同じ中学校出身で、当時三人ともサッカー部に所属していたという。

「僕たちは先輩と後輩で、牧野はマネージャーだったんです」

 そう話すのは榎本(えのもと)君で、少し日焼けした肌に茶色がかった髪の毛が印象的ないかにも盛り上げ上手そうな子だ。そしてまさに、彼が今日の会の男性側の幹事らしい。彼は最後に隣に座る宮部(みやべ)君という黒髪の男の子をちらっと見て、「ちなみに僕が後輩っす」と付け足した。
 そんな彼につられて、「私たちはバイト先の先輩と後輩です」と私の腕を取って友梨ちゃんが言った。そして少々冗談っぽく、「ちなみに私が後輩っす」と先ほどの榎本君と同じ仕草をした。彼らが来店する前にしていたモノマネも榎本君のことだったのだろう。誇張されたそのモノマネは私たちの笑いを誘い、その場は一気に盛り上がった。

 そんな時、テーブルの上に置いていた宮部君のスマホが鳴り、彼は席を立つことなくその場でスマホを耳元に当てた。人差し指で左耳を押さえながら口を動かしているが、口元を見ても何を言っているのか全く分からない。暫くして電話を終えた彼は、「実はもう一人来るんだ」と私たちに伝えた。

 その言葉と同時に個室の扉が開き、そこに立つ人物を見て、思わず声を出したのは三人。

 私と友梨ちゃん、そして張本人の彼が「あ」と言うと、綺麗に揃ったその声に残りの二人は顔を見合わせ、三秒後には爆笑した。


 スーツ姿の彼を見て私の心が晴れた。
 この小さな空間に黒いスーツ姿の男女が二人。決して綺麗な絵ではないけれど、私は無性にそれが嬉しかった。