電車に揺られながら何気なく見ていたスマホでシフト表を見つけた。今日は誰が入っているだろう。そう思い見てみると、牧野友梨と記されている。そうと分かると、彼女と話したくなった私は途中下車し、店へと足を走らせた。
 店の扉を開けると普段よりも忙しそうな様子で、こんな時に来店してしまい少し申し訳なくなった。私にいち早く気づいた目当ての後輩が笑顔で駆け寄ってくると、私の表情筋は今日初めて和らいだ。

「琴音さーん、お疲れ様です!あれ、スーツってことは就活ですか?」

 彼女はそう言いながら私の腕を取り、以前飯村君が座っていた奥の席へと促した。

「うん、なんか疲れちゃってさ。そしたら友梨ちゃんと話したくなって。でもごめんね、忙しい時に」

 椅子に座りながら私がそう言うと、彼女は分かりやすく嬉しそうな笑みを浮かべた。そして、テーブルの端に立て掛けてあるメニュー表に私が手を伸ばすと、慌ててそれを取り上げた。

「琴音さん、五分だけ、五分だけここで待っててもらえますか?いや、待っててください!」

 困惑する私に彼女はそう言い残し、足早に去っていった。正直メニュー表なんて見なくても注文はできるのだけど、今日は彼女に会いに来たのだ。大好きな後輩のためにちゃんと待っていることにしよう。
 遠くに見える外の景色はすっかり暗くなっていて、月明かりが照らすそこはかなり寒そうに見える。眺めているだけで寒くなりそうなので、私は暇つぶしがてらに今日最初に貰ったパンフレットを手に取った。
 重い気持ちで捲るパージというのは体感でも重かったが、最初の企業理念すら読み終える前に彼女が戻ってきた。しかも、あろうことか私服で戻ってきたのだ。シフト表では夜九時まで働くとされていたはずなのに。思わず目を丸くして、「どうしちゃったの?」と尋ねる私に彼女はあははと声を出して笑った。

「琴音さん、驚きすぎ。実は今日シフト代わってもらってて、朝から働いてたんです。だからもうあがり!」

 嬉しそうに話す彼女を見て、今日のもやもやが少し消えた気がした。この人の笑顔は絶大だ。きっとそれさえあれば、就活だって困らないだろう。

「ん?なんか琴音さん嬉しそう。いいことでもありましたか?」

 私の向かい側に腰掛けながら彼女が言った。

「ううん。むしろちょっと嫌なことがあったけど、友梨ちゃんのおかげで元気になったところ。ありがとね」

 私がそう言うと、彼女は頭の上にはてなを浮かべながら、「それなら良かった」と照れ臭そうに言った。少し恥ずかしいのか私から視線をずらした彼女は店内にある時計を見るなり、「そうだ!」と大きな声を出してもう一度私の方を向き、懇願するように話し出した。

「琴音さん、今から時間ありますか?ちょっと付き合ってほしいところがあるんです」

 急にそんなことを言い出すなんて、さぞかし緊急事態なのだろうと察した私はすぐに了承した。すると彼女は、「でもスーツかぁ……。まぁいいでしょう」と少し悩んだ末に妥協したような面持ちで、そのまま「行きましょう」と私の手を取って店を出た。