外は夕方になってから一段と風が冷たくなり、部屋の中に入ると温度差で指先が少し痺れるように感じた。私のようにセミナー終わりにここに来たと思われる学生が数人いて、それぞれ先生に相談しているようだ。彼らには自分の明確な将来像があるのだろうか。そんなことを思いながら立っていると、私を呼ぶ聞き慣れた声がした。

「浅倉さん、お疲れ様。こっち座って話そうか」

 藤山先生は優しい笑顔で私に「おいで」と手招きしてくれた。かっこいい先生もいいけど、やっぱり優しい先生もいいなと、そんなことを思いながら彼女の向かい側の椅子に腰かける。

「今日のセミナーはどうだった?」

 正直に言えば、セミナーの内容なんてこれっぽっちも記憶に残っていない。匠真に似たあの男の子のことで頭がいっぱいだったし、自分の心臓の音がうるさすぎて他の音なんて耳に入ってこなかった。だけどそんなことは言えないので、「まぁぼちぼちですかね」と口角を少しあげて答えておく。先生は困った笑顔を作って、「まだまだこれからだから」と言ってくれたけれど、今は就活よりも気になることがあるのが本音だ。

 今日藤山先生が勧めてくれたのは、来週末近くの体育館で開催予定の合同説明会だった。集まるのは中小企業ばかりで、あまり大きな説明会ではないらしい。

「大企業がくる説明会は学内にもポスターがいっぱい貼ってあるから皆知ってると思うんだけど、こういう小規模なものはあまり知られてないのよね。でもね、浅倉さんはまずは色んな所へ行って、そこで色んな人や企業に出会って、たくさん話を聞いてみたらいいと思ってね。そしたら何か見つかるかも」

 熱心にプレゼンしてくれる先生には悪いと思いながら、その話を聞いて一番に思ったことは、あの男の子は参加するだろうかということだった。その説明会自体には正直あまり興味はなかったけれど、勧めてくれた先生への感謝とあの彼が来たらいいなという思いで申し込んでみることにした。

 藤山先生にしっかりとお礼を言って椅子から立ち上がると、彼女も一緒に立ち上がった。見送りでもしてくれるのかと思ったけれど、彼女の目線は私ではなく後方に向けられている。私がそんな彼女を不思議そうに見ていると、

「あ、ごめんね。今日は浅倉さんの他にもう一人約束してた子がいてね。その子が来たみたいだから」

 そう言って彼女はおそらく私の後ろの方にいる学生に手を振った。あまり見過ぎないように気を付けながら控えめに振り返ると、その人の正体を知って私は思わず「あ」と声が出した。

「あれ?浅倉さん、飯村(いいむら)君と知り合いだったの?」

 先生は少し嬉しそうに尋ねてきた。私たちを交互に見ながら、頭の上にはてなマークを浮かべる先生を気遣う余裕を今の私は落ち合わせていない。
 私が『匠真』と呼んだその人のことを『飯村君』と呼んだ先生に、「いえ、知らない人です」と答えて、私はどちらの顔も見ることなく部屋を後にした。