私はこの瞬間をずっと待っていたのかもしれない。いつかどこかでまた会えると、心のどこかで信じていたのかもしれない。きっと今日という日のために十五歳で留まっていたのだと、自分勝手にもそう確信した。

 それなのに、私の耳に届いた言葉は私の欲しい言葉ではなかった。

「えっと……ごめんなさい。誰ですか?」

 阿鼻叫喚だ。彼の迷いのない瞳を見るとぐうの音も出なかった。

 ただ顔が少し初恋の人に似ていただけだ。声だって全然違って聞こえたし、私の知っている匠真は私のことを『誰』なんて言わない。
 うん、きっとそうだ。だってあれから六年も経っているのだから。私がほんの一瞬見ただけで分かるような匠真ではなくなっている可能性だってある。私は人違いをした、ただそれだけのことだ。数秒前に思った自分の気持ちを押し殺すように、必死にそう言い聞かせる。
 とりあえず、この人には謝らないといけない。突然見ず知らずの人に自分じゃない誰かの名前で呼ばれてきっと驚いたはずだ。

「あの、すみませ——」

「なになに、たくま(・・・)の知り合い?」

 私の謝罪をかき消すかのように彼の横にいた茶髪の男子が割って入ってきた。
 一気に上昇する心拍数を抑えながら自分の耳を疑った。それでも何度反芻しても、『たくま』と頭の中で再生される。どういうことだろう。謎めいた現実に頭が追い付かなくなったところで、たくま(・・・)が口を開いた。

「いやー……全然。知らない人」

 既に思考は停止していたけれど、彼のその言葉の意味を私の脳はしっかりと認識したようで、その伝達は心臓へと達し、上昇していた心拍はやがてズキズキとした痛みに変わった。
 それから彼らには一連のすべてに対しての意を込めて、「すみませんでした」と言って頭を下げ、私は大学まで止まることなく走った。彼らからも現実からも逃げるかのように、冷たい風を切りながら走った。それでもセミナー会場に到着すると、就活という現実は私を逃がしてはくれなかった。