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(あ、私、会社辞めなきゃよかった。)

由希の脳細胞がそう直感した。
火の手はどんどん上がり続ける。
遠くで何かが爆破し、倒壊する音が聞こえた。
スプリンクラーはまさに焼け石に水といった状況だ。

周りは由希一人。ここで一緒に誰かがいてくれたら多少は心強かったかもしれない。
それよりも由希の心配は、目の前の棚に積まれている古書にあった。火事のせいで、これだけの古書が灰燼に帰してしまうのはあまりにも忍びなかった。
とうとう息苦しくなってきた。窓から入ってくるわずかな酸素では流石に呼吸できず、体が重く感じてきた。

毎朝満員電車に揺れ、帰宅するのは終電・・・。
会社では昭和で価値観が止まっているパワハラ上司の小言・・・。
休憩時間に覗いたSNSでは同級生の結婚報告・・・。

 (ああ・・・ 嫌な人生だったなあ)
何故かほとんどが社畜時代の記憶で彩られた走馬灯が、今まさに止まろうとしていたその瞬間だった。

 「由希姉、今助けるから!」

聞き覚えのある声と共に、重くなった由希の体は突然宙に浮いた。
何者かが由希の手首をしっかりと掴み、そのまま窓を突き破って外に飛び出した。

 「大丈夫?由希姉」
声の主はそのまま空を飛びながら、由希に話しかける。
 「え・・・?」
由希はずり落ちた眼鏡をかけなおして声の主を見上げた。

 「まさか・・・莉愛ちゃん!?」