「明日、テンネル侯爵家に行きますわよね?」

 扉が閉まり、二人残された部屋で若干弾んだようなシャロンの声が響いた。

「ああ、そのつもりだが」

「やっぱり、わたくしたちの言う通りでしたわね」

「……」

「最初から反対していましたのに、母親のカンを信じてくだされば、こんなことにはなりませんでしたわ」

 そうだった。
 シャロンもだが、テンネル侯爵夫人も乗り気ではなかった。
 なぜか推しは次男のスティールだった。相応しいのは次男だと何度も言われたのだが、フローラより一つ年下で、跡取りではないことを理由にアッサムとともに却下したのだった。
 その結果が婚約破棄という失態につながってしまうとは……

「すまなかった」

 ここは素直に謝った方がいいのだろう。何を言われても忍の一文字だ。
 覚悟を決めてシャロンに向かって頭を下げた。 

「それでは、帰りにケーキ店に寄ってもいいかしら?」

 てっきりチクチクと嫌味を言われて特大の雷が落ちるかもと思っていたら、ケーキ店? スッキリ、爽やかな、楽し気な表情で、ケーキ店?
 ケーキ一つでご機嫌でいてくれるなら、お安い御用である。私はOKを出した。

「よかったわ。嬉しいことがあった時にはケーキよね。明日、朝一で予約をお願いしなくちゃ」

 婚約破棄は嬉しいことなのか? 
 妻はうきうきと浮かれている。もしかして、待ち望んでいたのか。

「では、あなた。先に休ませていただきますね。明日、ケーキ店に寄るの忘れないでくださいね」

 念を押し、部屋を出ていく妻の足取りはルンルンと聞こえてきそうなほどに軽やかだった。