父は黒々としたあごひげを触りながら意味深に視線を投げかけた。

 抱いている気持ちは同じなのだろう。

 俺は向かい側のソファに腰かける。やがてメイドがお茶を運んできた。彼女たちが準備を終えて部屋を出て行ったのを確認すると俺たちは話を始めた。

「新築の匂いはなんともいい。木の香りがあっちこっちでしますね」

 俺は大きく息を吸い込むと部屋の新鮮な空気を味わう。

 老朽化が進んでいたため、別の土地に建て替えて出来上がったのが一か月前。
 俺は貿易商を経営している関係で外国を飛び回っているため、自宅に帰る回数も少ない。
 新邸の引き渡しの時に立ち会ったきりだった。

「ああ、新築の匂いもすぐになくなるだろうから、今回は存分に味わっていくといい。しばらくはゆっくりできるんだろう?」

 父は期待に満ちた顔で自慢の黒々としたあごひげをさすっている。

「そうですね。いくつか商談を予定しているので、その間はこちらにいますよ」

「そうか。仕事もいいが休みもしっかり取りなさい」

「はい。わかりました」

 父の労いの言葉は有難い。

 爵位の継承はまだだが父の仕事を受け継いで五年。
 やっと仕事に慣れて要領もわかってきたところだ。

 新しい人脈も作り軌道に乗るまではと結婚も考えず今までがむしゃらにやってきた。まだ頑張れると張り切っているところなのだが、時には休憩も必要なのだろう。