健斗は懐中時計を出して時間を確認してから、自らの財布を出して小銭を出す。

「まだ30分ほどですから通常なら発生しないお金ですが、まあ体験としてお渡ししましょう」

そう言って百円玉二枚を指に挟んで差し出した。

「え、30分で200……っ」

最低賃金にも満たないと明香里が声を上げかけたが、健斗は空いた手の人差し指をすかさず自身の唇の前に出した。思わず明香里は黙り込む。

「おお、200円か!」

天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)はわからずに嬉しそうに受け取った。

「明香里、早速何か買いに行こう! 権禰宜! 少し留守にするぞ!」
「え、それって」

嬉しそうに言う天之御中主神に、明香里は戸惑って声を上げる。

「安徳天皇さまに何か買ってあげるんじゃないの?」

何を買うつもりかはわからないが時給400円では、いつ貯まることやらである。貴重なお金だ。

「せっかくもらった初めての賃金だ、明香里のために遣いたい!」

そんな無邪気な願いに、明香里は素直に頷いてふたり揃って境内を出ていた。
とは言え、遠出が出来る訳ではない。そして天之御中主神が行ける範囲にあるのは、住宅と会社と、個人商店の米屋や豆腐屋だったり、あるいはコンビニ程度だった。
そのコンビニに、明香里が誘って入って行った。

「いらっしゃいませー」

レジにいた女性店員の挨拶の語尾が、やたら色っぽくなったのはなぜだろうか。

明香里は棚を物色しながら店内を一周した、天之御中主神は初めてのコンビニエンスストアにワクワクした様子で、全てのものを見ようとするかの如くきょろきょろしながらその後をついて行く。

「……そうだなあ、やっぱ寒いから、肉まんかな」
「にくまん? なんだそれは?」
「これ」

レジの脇のスチーマーを指さした、つやつや、ふわふわとした白く丸い物体に、天之御中主神は目を輝かせる。

「なんともうまそうだ! いいな! 他に欲しいものはないか!?」
「200円じゃ、これが限界だよ」
「え?」

天之御中主神にも計算はできる、スチーマーにかかった値札を見て、はあ、と大きな溜息を吐いた。

「──金を稼ぐとは難儀な事だ」
「そうだね、簡単にはいかないね」
「なのに明香里は俺のために……」
「あ、いいのいいの。あれは私が頑張って稼いだわけじゃないし」

月々もらっている小遣いや、お年玉を貯めて買った物だ。遣うあてもないのでコツコツと貯めてきたが、天之御中主神のためになら遣ってもいいと思えたお金である。

「それに、せめて最低賃金がもらえてれば、二個くらいは買えるんじゃ……」

思わず小声で呟いてしまった、天之御中主神に聞き返されたが明香里は誤魔化してやり過ごす。
袋に入れてもらった肉まんを、温かいうちに食べようと川沿いのベンチに座って早速開けた。外の冷気に触れたそれは、真っ白な湯気を上げる。

「はい」

明香里が笑顔で差し出すのを眩しそうに見ながら、天之御中主神は言う。

「先に明香里が食べろ」
「でも、天之(あめの)くんが頑張って稼いで買ったのに」
「明香里のために買ったんだ、明香里が食べろ」
「そっか、ありがと。じゃあ、もらうね。いただきます」

明香里は大きな口を開けてそれを頬張った、端を綺麗な半円型にかじり取られた肉まんを明香里は差し出す。

「おいひい。天之(あめの)くんもどうほ」

口から湯気を吐きながら明香里は言った、天之御中主神は無言で受け取り、しばし明香里がかじったその場所を見つめた。

「天之くん?」
「この小さな肉まんで150円もするんじゃ、明香里がくれた服や靴は、いかほどなんだ?」

単に大きさだけで価格は決まらないと天之御中主神だってわかるが、それでも何倍もするであろうことは想像に難くない。

「……天之くん……」

質問の意図を悟って、思わず呟いた。自分がよかれと思ってしたプレゼントが、あるいは自己満足でした事が天之御中主神の気がかりになってしまっていると。

「──プレゼントの値段を聞くなんて、失礼だぞっ」

笑顔でそう答えていた。

「しかし」
「私があげたくて買って来たんだもん、気にしないで。貰ったお小遣いは使い道がなくて貯めただけだし、それを天之くんに遣いたいって思ったの。それで天之くんが喜んでくれたなら嬉しい」
「明香里にもお返しをしたいと思っていた。だがそれはいつになることやら」
「値段じゃないよ」

天之御中主神の言葉を遮るように言った。

「肉まんだっておいしくて嬉しかった、これでじゅうぶんだよ。私の望みは、天之くんのそばにできるだけ長く居たいだけ」
「明香里……」
「天之くん自身がどうこうできないことはわかってる。それでもお願い、少しでも長く、こうしてそばにいさせて」

願いを込めて天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)の腕に手をかけ体をもたせ掛ける、ひんやりとする体がその存在を示してた。