いつもの検査室に向かうと、進藤先生が待っていた。
いつも先に聴診なので、隅にあるカーテンで囲った診察室に入る。
『わかってるね。自分からここに入って来るなんて。』
もう何度目のことなのか…
『さあ、早くやってしまおうね。』
何だか今日はみんな…急かすな。
『じゃあ聴診から』
前回、進藤先生の家で、久しぶりに聴診して喜んでいた進藤先生。
最近は忙しくないと言う理由から、また進藤先生に診てもらうことになった。
一時は海外やら県外へ出張していたこともあった。
今は落ち着いたようだ。
『まぁ肺は雑音するけど、過去に比べてとても良い方じゃないかな?
努力は裏切らないね。』
ニヤリと言うけど、それはきっと毎日時間があれば私が吸入に来ているからなんだろう。
そんなことは今までなかった。というより、そんな余裕がなかったから。
『じゃあ、次はピークフロー測って、吸入しちゃおう。』
急かされるようにして検査をこなし。
吸入も咳き込みながらも順調にいった。
そして最後に。
『かなちゃん、今日は僕たちが仕事が終わるまで、そして血液検査の結果が出るまで、ゆっくりしててよ。』
えっ?何それ?
「えっと…どういうことでしょうか?」
『医局の休憩室で元気の出る点滴してこ。
終わったら寝てていいからさ。』
まぁ、点滴はいつものことで、それがあると思って来ていた。
『僕たちが仕事終わるの、待っててね。』
「はい」
何かあるのかな?そのために早めに検査を終えたのかな?
なんて思いながら進藤先生と医局に向かった。
『あ、ついでだからさ、後輩にやってもらう?』
「えっ!?」
医局に入りながら恐ろしいことを言う。
そう、直子の言っていた後輩たちが、各科の研修を終えて、小児科へやってきた。
「いや、それは…私の血管は細いですし、見つけにくいし。今はまだ…」
『後輩たちの腕を上げるためにも、いいかもしれんなぁ。』
と医局長まで参戦している。
「うそぉ。」
つい本音が出てしまった。
断れる訳もなく、しぶしぶ椅子に座ると。
嬉しそうに尻尾を振った後輩たちがやってきた。
「えっ?一本だけでしょう?」
二人の後輩がやってきたけど、もしかして…できなかった時のために?
二人の腕前がやる前からわかった気がして、ゾッとする。
手を震わせながら点滴を用意する後輩と私を医局中の先生に見つめられる。
「いや、逆に緊張しちゃいますって。ねぇ。」
他の先生方に言いながら、前にいる手の震えた後輩に言うと、
全く聞こえてない。
「ちょっとちょっと。待って!
深呼吸して。」
落ち着かせる。
けど、震える手は止まらない。
怖い…怖すぎる…。
案の定、
ぃった!!!!!!!
声には出せないけど、無茶苦茶痛い。
『だ、大丈夫ですか?』
「う、うん。あ、いや。
ちょっと大丈夫じゃないかな。」
私は過去にこんな痛い針を刺されたことがないことに気づいた。
そうだ…孝治さんをはじめ、先生にも看護師にもプロの注射しか受けたことがなかった…。
そしてみるみるうちに血が吸い上げられていく。
『あ、あ、ごめんなさい。』
慌てる後輩に、誰も手を貸さない。
あたふたしながら、二人の後輩でなんとか対処して。
打ち直し。
もちろん、もう一人がやる。
『いきますね。』
気合いが入りすぎの後輩を見ながら、
大丈夫かなぁ…
不安しかない。
石川先生も孝治さんも早川先生も、一緒に来た進藤先生も嬉しそう。
プスっ!
うそっ!何その角度…
この子たちは一体、何を学んで来たんだろうか。
それにはさすがに周りの先生からフォローが入る。
でも手は出さない…
「あ、あの…自分でやろうかな。」
『それはダメ!』
孝治さんに止められる。
『じゃあこの中で誰にやってほしい?』
後輩の教育のために犠牲になったけど、私には辛すぎる…
ぇっと、それは進藤先生とか孝治さんだけど。
めっちゃ見てる…キラキラした目で見てる。
「な、直子…。」
『はいっ、先輩!』
尻尾を振って耳を垂れながらやってくる直子に、お願いします。と頭を下げて、腕を出した。
「失敗したら許さないよ。」
高校時代の後輩だから、言いたいことを言うと、
こわ〜っと医局の先生に冷やかされる。
いや、三回目だなんてもう無理ですから!
『ではいきますねっ』
楽しそうに針を刺す直子は、思いのほか痛くなかった。
「大丈夫そう。」
『へへ、良かった。』
そう言って私の実験台は終わった。
後片付けしながら、失敗した後輩たちは頭を下げて立ち去った。
はぁ、痛かった。
そして休憩室に入り、点滴を高い位置に取り付けて、ソファで横になった。