深夜二時

廃屋となったビル

屋上

八階建てのここから飛び降りれば微塵もないでしょう

この時間帯

下に人がいないことは何度も通って確認済みでした

ゆっくりと隔たれたフェンスを乗り越え始たそのとき

ふいにスボンのポケットが震えだしたのです

-こんな時間にかけてくるなんてなにか緊急の連絡だろうか-

そう思いました

フェンスの内側へ戻り画面をみると

高校時代の知人の名前がありました

私は電話にでてしまいました

-最後に話すのがこの女になるなんて-

これも運命かと、乾いた笑いがこぼれました


「もしもし、久しぶり」

『久しぶり、あのね、、、』

電話越しでもわかりました

彼女は泣いているのです


「どうしたの、なにかあったの?」

私はできるだけ優しくゆっくりと彼女へ問いかけました

『…』

少しの沈黙




『鎖陪が、亡くなったの』


「…」


「そう」


私はそっと電話を切りました

それ以上何も知りたくなかったのかも知りません

思い出したくなかったのかもしれません


鎖陪《さべ》という男は私の元恋人です


終わり方は自然消滅です


連絡も取らなくなった頃に

私が一言
-さよなら-
というメッセージを送ったのが最後でした


なんというタイミングなのでしょう

電話に出ず

早く飛んでしまうべきでした


一番思い出したくない人間の死を


最後に知るなんて


これが私への罰だとでもいうのでしょうか


そうだとするならそれも受け入れましょう


私はまたフェンスを乗り越え

今度はなんの迷いもなく


体重に身を任せ

落ちました


不思議とゆっくりと時間が流れているような感覚


今までの人生を振り返ります


なんだかんだ

平凡に幸せな人生でした


地面に着く直前


最後に思い出したのは


彼の優しい笑顔でした。