「は……な、これ……」

「咲良さんが朝持ってきてくれました。彼女の意志で持ってきてくれたんですよ」

「ま……ってください、そんな馬鹿な!」

 つい声を荒げる。想定外のことすぎて全く頭がついていかなかった。

 いや、咲良とは形式上だけの夫婦。彼女がこの関係に嫌気がさすのは仕方ないと思っている。だが、私に何の相談もなしで勝手にこんなことを行うとは思えない。

 それに、昨日の奇行と何の関係が?

 母は私の手から紙を大事そうに取った。そして再びソファに腰掛けると優雅に紅茶を飲む。私は座る気になんてなれず、そのまま相手を見つめた。

「なぜ咲良がそんなものを?」

「無理矢理書かせたわけではありませんよ。今日の朝持ってきてくれたんです。あなたによろしく言っていましたよ。提出時期もこちらに任せると」

「咲良がそんなことするはずがない!」

「何を。笑わせないで、夫婦ごっこのあなたになんでそんな断言ができるんです」

「もし……もし咲良がそれを望んでいたとしても、必ず僕に相談くらいしてくれたはず。何も言わずになんて、咲良らしくない。何かあったんです!」

 そうだ。咲良に他に好きな男性がいたとしても、離婚したいならそう相談ぐらいしてくれるはずだ。こんな勝手なことをするなんて。

 怒りで震える手で拳を握る。母は厳しい目でこちらを見上げた。冷たく、怒りに満ちた目だった。

「いい加減になさい。なぜそんなにあの子にこだわってるんです? 形だけの妻でしょうに。あなたはちゃんとした、本当の結婚相手を見つけるべきです」

「それは!」

「わかってますか。あなたの結婚はあなただけのものじゃない。天海家に関わってくるんですよ。跡継ぎも作れなくてどうするんですか!」

 はっと目を見張った。

 目の前に座る女が他人のように思えた。それほど冷たく、非道な人間に感じる。

 今の一言と、昨晩咲良が起こした行動が繋がった。まさか信じられない。怒りと驚きで声すらすぐに出てこなかった。心臓が凍ってしまったのかと錯覚するくらい全身が冷える。

「……そ、んなことを、咲良に言った……?」

 かろうじて絞り出した。正直、違っていてほしいとも思った。だが目の前の人間は否定しなかった。

「とても重要なことですよ。無駄な時間を過ごす必要はありません。時間は有限です」

「……正気ですか。そんな、そんなことを?」

 ワナワナと震えてくる。生まれて初めて、母親を殴りたいと思った。人のプライベートに首を突っ込み責めるあさましさに吐き気を催すほどだった。

 同時に、昨晩の咲良の行動の意図を読み取った。だから彼女はあんなことをしたんだ。恥ずかしくて虚しい行為をしたんだ。

 そして、それを知らずに拒絶した私は追い討ちをかけた。

(……つまりは)

 咲良はまだなんとかして私と夫婦関係を続けようとしてくれていたということか?