あまり人を疑いたいとは思わない。だが、昨晩の咲良の原因を突き止めるためには仕方のないことだった。以前咲良の周辺を嗅ぎ回っていた彼女の顔が浮かんでしまうのは仕方ないこと。

 新田さんはふっと視線を逸らす。私は続けて尋ねた。

「昨日咲良の様子がおかしかった。あまり疑いたくはないけど、以前撮った写真のこととかあるから……何かした?」

「様子がおかしかったって?」

「それは言えない。でも、きっとひどく自分を追い込んでいる」

「それで、私が何かしたと?」

「気を悪くしたらごめん」

 彼女は少しだけ笑った。手入れの行き届いた髪の毛が揺れる。そして堂々とした顔で私の方を見る。

「いいえ、疑われてもしょうがないと思っていますよ。実際咲良さんのことを調べてた時期もありますし。でももうそれはやめました」

「やめた?」

「ええ、無意味だと思ったので」

 それは一体どういう意味なのだろうか。少し首を傾げる。私の気持ちを知りもう諦めたという言葉? だがあの誕生日の日、最後にうまく行きっこない、と言い放った彼女からは素直に諦めたという感じは見当たらなかった。

 新田さんからはどこか余裕すら感じられるほどだった。私に怯むこともなく、むしろ勝ち誇ったような顔で言う。

「咲良さんには何も接触してませんよ……私は」

 じっと彼女を見つめる。

 何もしてない、か。そうなれば私の中でもう一人浮かんでくる人がいる。あまり考えたくなかったが、実母だった。

 ずっと綾乃を可愛がり咲良には冷たくあたってきた人だ。あのパーティー以来まるで接触していない。やはり母が咲良に何か言ったのだろうか? しかし何て?

 咲良は他に想いを寄せる男性がいるはず。なのにあんなことをするだなんて、自分の理解が追いつかない。

「咲良さんに直接聞けばいいじゃないですか」

「……きくつもりだけど、今は話してくれそうにないから」

「あら。なんでも言い合えるってわけじゃないんですね」

「……仲がよくてもそういうこともある」

 苦し紛れにそう答えたが、彼女は微笑んだまま何も言わなかった。何だか居心地が悪く感じ、そのまま背を向ける。顔を見ないまま告げた。

「違ったならいいんだ、ごめん。時間を取らせた」

「いいえ。これで失礼しますね」

 新田さんはそういうとあっさりこの場から去っていった。いなくなったことにホッとする。そうか、彼女じゃなかったか。あの誕生日の日のことが引っかかっていたのだが。

 深いため息をついた。もう午後は休みをとって帰ろうか、と考える。このままでは仕事なんて手につかないし、今はとにかく咲良と話したい。あの子はいつも周りのことを考えて自分を蔑ろにする癖がある。これ以上追い詰めてほしくない。

 そう心に決めたとき、ポケットに入っているスマホが震えたことに気がついた。手に取り出し画面を覗き込むと同時に息をのむ。それは母からだった。

『仕事終わったら、うちに寄ってね』

 簡潔にそうメッセージが入っていた。そこで私はついに確信する。

 咲良のあの行動の原因は母だったか。きっと私の知らぬ間に咲良と何かあったのだ。頭を抱えて舌打ちをする。

 こんなことならもっと強く釘を刺しておけばよかった。時間が経てば母の気持ちも落ち着くだろうと甘く考えていた自分が悪い。

「くそ」

 スマホをポケットにしまい込むと、私はそのまま会議室を出た。仕事なんてしてられる余裕はなかった。乱暴に帰りの支度をすると、仲間に帰る趣旨を告げ仕事の指示だけ行うと、私は即座に会社を出た。