「咲良ちゃん?」

「……いや、私……別にこのままでもいいかなあ、って」

 困ったようにそう言った彼女に驚かされた。あんなに寝にくそうにしているのに、なぜそんなことを言うのか。

「いや、でも咲良ちゃんあまり寝れてないでしょ。一人の方がいいんじゃない」

「そ、れは、そうですけど」

「ああ、ベッド買うのに遠慮してるの? 全然大丈夫だよ、気にする必要ないよ」

 私は彼女に触れることはない、と初日に断言してるが、それでもきっと咲良は警戒しているんだとわかっている。それが当然の反応だと思う。安心感を得るには、もう部屋を分ける他ない。

 咲良は黙ってどこか一点を見つめていた。小さな口を開く。

「蒼一さんは、そうした方がいいですか……」

「え? まあ、そうだね……」

 ずっと想いを寄せてる女性が隣にいて触れないという苦痛は男にしかわからない。多分、今の私の立場は世界中の男性に賞賛されると思う。そりゃ幸せでもあるが、いつ自分の理性が吹っ飛ぶかわからない。

 咲良は少し考えたように黙り込んだが、次には笑って顔を上げた。

「分かりました、じゃあそうします! 新しいの買います」

「うん、だよね。そうしよう」

 ほっと安心して答えた。新しいものが来るまではなんとか耐え抜いて、届いたら寝るのは別にしよう。

 それがきっと、お互いのためでもある。

「ごちそうさま。僕お風呂入ってくるね」

「片付けはやります」

「ありがとう」

 食事を終えて、そのままリビングを出る。完全に同居人だけど、これが私の望んだ形なのだと思い知った。

 戸籍上だけの夫婦。無理矢理嫁がされた彼女。

 それでも、書類上だけでも、どうしても咲良を自分のものにしたかった自分の独占欲だ。