「美味しいですね」

「そうだね」

「えっと、厚揚げとか……」

 一番隅に置かれた小鉢に入ったものを見る。私が好きなものだった。箸で一つつまみあげて食べると、慣れた味が舌の上に広がる。

「美味しいね。昔からこれが好きなんだよね」

 何気なく言うと、なぜか咲良はふわっと笑った。だが何も言わず、いそいそと食事を続けている。少し気になったが特に何も言わなかった。

 二人で沈黙のまま食事を続けた。でもそれが私にとってはとても居心地のいい時間だった。今度はもう少しゆっくり時間を取って夕食を取りたいと思った。

 もくもくと食事を続けて終盤に差し掛かった頃、私は思い出して咲良に言った。

「そうだ、今度の土曜日。咲良ちゃん何か予定ある?」

「え? 特にありませんが」

「ちょっと出かけない?」

 私がそう言うと、彼女はみるみる顔を明るくさせた。まるで動物園にいくと告げられた子供のようだった。

「はい、大丈夫です……!」

「よかった。映画とか、買い物でも。何か見たいものある?」

「ええと、調べてみます。蒼一さんは何かあります?」

「僕は基本何でも見るの好きだから。あ、ホラー以外でね」

「苦手なんですか」

「実はね」

 咲良が笑う。つられて自分も笑みをこぼしながら続けた。

「あとは生活用品も、咲良ちゃんが足りないなと思うもの揃えよう。食器とかも適当に揃えたもので種類少ないから」

「あ、はい!」

「そして、家具屋も」

「え? 家具、ですか?」

 キョトンとして不思議がる彼女に、私は告げた。

「ベッド。咲良ちゃんの分、買おう」

 今日一日考えていたことだった。

 実を言うとこの家のものを買い揃えた時、まだ綾乃とあの結婚式を企てる前だった。適当に買っておいたベッドで、まさかそこで咲良と寝ることになるとは思ってもみなかった。

 二日一緒に寝てみて、大変よくないとわかった。咲良は隣に私がいることでなかなか寝付けないようだし、私も同じだ。毎晩自分の理性と戦うのはかなり根気がいることで困る。

 部屋は余裕がある。そこを咲良の部屋にして、完全に別室にしたほうが気が楽になると思ったのだ。多分、咲良はほっとするに違いない。

 私たちは書類上だけの夫婦だ。そんな男女が一つの寝具で寝るのはおかしいのだから。

「空いてる部屋を咲良ちゃんの部屋にしよう。ベッド好きなやつ買えばいいからさ」

 グラスに入ったお茶を飲んで、正面の咲良の顔をみた。そこで意外なものを目にする。てっきり、安心して喜ぶかと思っていたのに、彼女の表情は翳っているように見えた。

 口を固く結び、眉を少し下げてじっと私をみている。