「新田さん、おはよ」

「おはようございます。朝一ですみません、先ほどメールで送ったんですが、至急確認してほしい書類があって」

「そう、わかった。急いで見るね」

 私はそのまま歩き出すと、新田さんは隣りに並んで共に歩いた。特に何も思わず無言でいると、言いにくそうに彼女が口を開く。

「さっきの社員たちの噂……聞いていましたか」

「はは、見てたの?」

「天海さんが余裕綽々の笑みで返すところまでバッチリ」

「余裕なんてないけどね」

「事実なんですか? 結婚の話」

 ズバリと聞いてきたのを、彼女らしいなと思った。私は笑って答える。

「本当だよ。結婚したのは綾乃じゃなくて妹の方」

 隣で息をのむのが伝わった。私はそのまま歩みを進める。

「二十二歳ってのも合ってる。みんな情報早いよね」

「……大学卒業したばかりのお嬢様ですか」

「まあ、そうかな」

「よかったんですか、そんな結婚相手で」

 わずかに新田さんの声が低くなった気がした。隣を見てみると、彼女は真剣な目でこちらを見上げている。

「どういう意味?」

「ずっと結婚すると思っていた方ではなく、その妹だなんて。しかも噂によれば結構地味な子だって」

「新田さんが噂に振り回されるのは意外だな」

 少し棘のある言葉を返した。それでも彼女は黙らず続けた。

「立場上断れなかったのはわかりますけど、あんまりかなって。天海さんに憧れてる女性はたくさんいますし、そんな結婚相手じゃそういう人たちも納得がいかないって、もっとお似合いの人がいるんじゃないかって……!」

 私は歩みをとめた。釣られて彼女も足を止める。ゆっくり隣りを見下ろしてみると、少し戸惑った顔をした新田さんの顔が目に入る。

「僕の妻を侮辱しないでもらえますか」

 今度は笑みなど付けなかった。