報告書に添えられていたのは外で男に抱きしめられている彼女の写真だった。それを見た瞬間、衝撃で息が止まるかと思った。同時に沸き上がる、怒りと呆れ。

 もし私が天海さんと結婚できたら。白昼堂々とこんなことなんてさせない。男と二人で出かけることだってしない。あの人を悲しませることなんて絶対にしないのに。

 写真はこれのみで、不貞を示すには不十分だとわかっていた。よく見れば相手の男が咲良に抱きついているのであって、熱い抱擁というわけではないのもわかっていた。

 それでももう、私は止まれなかった。





 天海さんの誕生日の日を選び、彼を食事に誘った。早く帰りたそうにしているのは意外だった、うまく行っていない妻と誕生日を祝うのがそんなに特別だとは思えなかったからだ。

 例の写真も準備し、話そうとするもなかなか勇気が出なかった。どう切り出せばいいのか、天海さんがなんて答えるのかわからない。時間だけがすぎ、彼も苛立っているのを隣で感じていた。

 一度トイレに行ってくる、と天海さんが席を立った後、一人気持ちを落ち着けようと努めた。できることなら私を見てほしい。狡いやり方だと非難されてもいい、私がこれだけあの人を想っていたのだと気づいてほしいのだ。

 震える手でドリンクを飲んだ時、テーブルの上に置いてあるスマホが鳴り響いた。はっとすると、それは自分のものではなく天海さんのものだった。

 じっと画面をみると、そこには『咲良』の名前が見えた。その文字を見ただけで、自分の嫉妬心が燃え上がった。

 そっとそれに手を伸ばし、すぐに引いた。

 いけない。さすがにそれはダメだ。

 そりゃ咲良さんに意地の悪いこと言ったり、素行調査したり、やり方は自分でも歪んでると分かってる。でもこれより一線は越えてはだめ。

 そう自分で言い聞かせるが、鳴り響くスマホが私を誘っているように思えた。帰りを待っているんだ、と安易に想像がつく。

 自分の心臓がバクバクと大きく音を立てる。ケーキを用意し、家で待っている女性の顔が思い浮かんだ。


 私は鳴っているそれを手に取った。

 自分がこんなにひどい人間だなんて知らなかった。



 その後、天海さんに思い切り振られた自分だが違う方向に吹っ切れた気がした。データも消します、と宣言したあの写真を、私は奥様に見せに行った。案の定彼女は冷静な判断を失うほど怒り、二人を離婚させると躍起になる。

 これまでの人生、ただ必死に勉強して、周りに負けないように頑張ってきた。努力すればそれなりに報われる、だから自分は正々堂々としてればいいんだと思っていた。

 それなのに、自分でも呆れるほど汚くて醜いことばかりしている。やめようとする感情は残ってなかった。

 ただ、どんな手を使ってでも、

 人生で一番愛した人に私を見てもらいたかった。





「僕はもう天海の名はいりません」

 天海さんが堂々と言ってのけたのを、私はただ部屋の隅で呆然として見ていた。

 彼の隣には私ではなく、やはりあの人がいた。二人はしっかり手を握っている。相変わらず素朴な子で、天海さんと繋がるその手にはネイルも何も施されていない。自分を磨く、と必死になって色がついている私の爪とはまるで違った。

 今日、ずっと好きだった人から真実を聞かされた。

 天海さんこそがずっと咲良さんを好きで、結婚式すら仕組んだということ。

 まるで知らなかった。私はてっきり、綾乃さんに逃げられて仕方なく結婚したのだと思っていた。その後情が沸いて一緒に過ごしているんだと。なのに、そんな昔からのことだったなんて。

 咲良の顔を見てみると、彼女も決意を固めたようにしっかりと前を見ていた。そんな様子から、ああこの人も天海さんを好きなんだと気付かされる。

 なんてくだらない終わりだろう。元々私が入り込む隙間もなかったんだ。二人はずっと思い合っていた。嫉妬に狂い、天海さんを奪いたいと躍起になっていた私。ただ自分の醜さを露見しただけだった。

 情けなくて目から涙が出てくる。

 謝らなきゃ、と思い声を掛けるも、彼からは冷たい目で見られただけだった。私がやってきた汚い手も全て伝わっているようで、その目が全てを物語っていた。自分は動けなくなる。

 一緒に働いている時の、優しい顔はどこにもなかった。心底失望した顔で私を見ている。何も言い訳はできなかった、確かに私は自分でも呆れるぐらい嫌な人間だった。

 このままでは天海さんが仕事を辞める羽目になる、どうしようと困っているところに、現社長が帰宅された。そこで事の一部始終をきき、彼は怒り狂った。

 藤田家と天海家のつながりの重要さ。

 夫婦として頑張ろうと思っている二人の気持ちの大切さ。

 そして、死に物狂いで頑張ってきたプロジェクトは、咲良さんの気遣いに感動した相手の会長からいい返事をもらったこと。

 私を次の結婚相手に、と言っていた奥様も黙り込んでいた。何も反論する余地はない。

 私が二人の仲を裂こうと必死になっている時に、咲良さんは車椅子の老人に気づき優しく接していた。それが結果として会社にも利益をもたらした。

 情けなくて情けなくて、消えてしまいたいと思っていた。

 天海さんのフォローをしたくて必死に仕事も頑張ってきた自分より結局は、自然と出た咲良さんの優しさの方がずっと重要なことだったのだ。

 ぼんやりと二人の繋ぐ手を眺めていた。ああ、私があの場所に行くことは絶対にありえないんだと、ようやく思い知らされたのだ。