片想い婚

 もう見えなくなったあの後ろ姿をぼんやり二人で並びながら眺めていると、蒼一さんが言った。

「僕、聞いてた。蓮也くんが咲良ちゃんを好きだってこと」

「え!」

「本人が直接言ってたから。
 ちゃんと正々堂々と好きだって言えるその真っ直ぐさは、僕にはなくて凄いなと思ってた」

 少し切なそうに言う彼に、それは私も一緒だと心の中で呟いた。

 姉の婚約者、七歳の年の差。それは私たちが恋をしていると大声で言うにはどうも大きな障害だった。私も蒼一さんも、なかなか言い出せなかった。

 臆病すぎた私たち。

「これからはいえなかった分何度も言うね。咲良ちゃんが好きだって」

 隣からそんな言葉を降らせた彼を見上げる。優しい目で見てくるその眼差しに言葉をなくした。

 私もです、と伝えたかったのに、私の喉からは何も声が出てこなかった。








 その後、私と蒼一さんは早速不動産屋に新しい家を探しに行った。こちらが望む条件全てを満たしているような物件はさすがにすぐにはなかった。しかし蒼一さんは、「また見つかったら引っ越せばいい」と言ってその日のうちに決定した。

 引越し業者にもすぐ連絡し、引越しの手続きを済ませた。そのまま私たちは逃げるように家から出て、新しい新居に移動したのである。

 もちろんお母様たちに挨拶も何もなし。あれよあれよと、いつのまにか引っ越しは完了してしまった。

 新しく構えた私たちの家は、築年数はそこそこあるマンションだった。でもリフォームされているので中は綺麗だし、キッチンも広いので私は全く不満はなかった。周りの環境も住みやすい場所だったのでむしろよく一日目でこんないいところを見つけられたなと感心するほどだった。

「荷物の搬入はこれで全て完了になります」

 引っ越し業者の人が頭を下げる。蒼一さんは書類にサインした。

 スタッフはそれぞれ頭を下げると、マンションから全員出ていった。残されたのは段ボールの山たちと私たち二人だ。

 幸いだったのは、前の家ですら三ヶ月ほどしか住んでいなかったので、私も蒼一さんも荷物が増えていないことだった。荷造りもそんなに大変ではなかったのだ。

 まだ閑散としているリビングを見渡す。さて、あとは荷解きだ。私は腕まくりをする。

 マンションは前の家よりずっと狭い場所だった。なので、以前使っていたソファなどが入らなかったのだけは問題だった。新しいのを買うしかない。

 蒼一さんが言う。

「だいぶ狭いけど、ごめんね」

「いえ! 全然です。むしろこれくらいでちょうどいいなあって思ってます」

 私は心の底からそう言った。むしろこの狭さは結構気に入っている。呼べばすぐに相手の声が聞こえ、手をのばぜばすぐに触れられるぐらいの距離。二人で暮らすにはいい広さだ。前のところは広すぎた。

 蒼一さんが腕を組んで考え込む。

「うーんソファは買わなきゃだね。ま、急ぎじゃないから今度行こうか」

「そうですね。ソファはなくてもなんとかなりますから。ゆっくりでいいと思います」

「ああそれと。当然だけど、ここの新しい住所は母には伝えないからね」

 サラリと蒼一さんが言う。私が驚きで目を丸くすると、さらに彼は言った。

「あ、それと咲良ちゃんのスマホちょっと貸して」

「は、はい……」

 とりあえず言われるがまま差し出す。彼は私の目の前でそれを操作すると、ある連絡先を一つ呼び出して着信拒否の手続きを施した。

「え! 蒼一さん!」

「忘れてたよ、これでよしだね。もう母とは連絡取らなくていい。もし何かコンタクトがあったらまず僕に知らせてね。一人で会うことはしない。
 会社のパーティーとかも今後は母は参加しないってことで父さんとも話はついてるから。顔を合わせることはないと思う。僕も同じ。用がなけりゃ実家に帰ることもしないだろうし」

「……そこまでやる必要あるでしょうか」

 心配になって私は呟いた。お母様にとってたった一人の息子なのに、悲しむんじゃないのかな。