「朝離婚届を渡してきたんだ。蒼一さんのお母さんにだけど。だからまだ提出してないから正式にじゃないけど、そのうち成立すると思う」

「……蒼一って人はそれでいいって?」

「ううん。何も言わずに出てきちゃった。きっと驚いてるけど、でも蒼一さんが離婚を拒否する理由はないもん、結果は変わらないと思う」

 蒼一さんは他に大切に思う人がいるんだ。こんな形だけの夫婦生活にピリオドを打つことには賛成するだろう。ただ、一人で勝手に決めたことだけは怒るだろうけど。

 蓮也は黙っていた。きっとなんて返答していいのかわからなかったんだと思う。私は食欲がなかったけど、出されたお菓子に手をつけてみる。せっかくもらったのに食べないと申し訳ない。

 甘い味を口に入れて頬張っているところに、蓮也が声を出した。

「……あのさ」

「え?」

「じゃあ、なんであんなに泣いてたの」

 彼はまっすぐな目でこちらを見ていた。その視線に囚われたようにこちらもピタリと動きを止める。蓮也は真剣な面持ちで続けた。

「あんなに泣いてた。姉ちゃんの身代わりの政略結婚だったんだろ? 早いとこ離婚出来てよかったじゃんって俺は思ったけど違うの?」

「そ、れ、は」

「なんかあったの?」

 蓮也の質問に、私は何も答えられなかった。蒼一さんが好きだったから、と答えてしまおうかとも思ったが、なかなか言葉に出てこない。

 困っている私を見て蓮也が慌てる。

「ごめんごめん、言いたくないならいい」

「ううん」

「無理しなくていいから。うんほんと」

 蓮也はそういうとお茶を飲み干し、おかわりを取りに立つ。背の高いその後ろ姿をぼんやり見つめる。

 冷蔵庫を開けながら蓮也は続けた。

「その、俺みたいな一般人は政略結婚とか無縁の話だからよくわかんないし。結婚は好きな人とするもんだって感覚だから」

「好きな人……」

「もちろん政略結婚が悪いなんて言わないけどさ。それでうまくいってる人も沢山いるんだし。ただ別世界って思ってただけ。咲良の家は金持ちだって噂では知ってたけど、咲良からは全然そんな感じしなかったから」

「それどういう意味?」

「あー! 悪い意味じゃない! 咲良はこう、いい意味で普通だったから! ほら、どっちかっていうと桜の姉ちゃんは金持ち臭バリバリだったし」

「あは、金持ち臭?」

 その言い方につい笑ってしまう。うちはそんな金持ちってわけじゃないと思うんだけどな。でも確かにお姉ちゃんはエステとかブランドとか好きだったかも。