もう朝らしい。設定したアラームが鳴っている。
 でも体がだるくてベッドから出たくない。

 せっかく誘ってくれたのに最悪な女だった自覚がありすぎて
 部屋に戻ってからの数日をうだうだと言い訳と後悔で埋めた。

 来画さんからの会いたいってメッセージも適当な嘘で誤魔化して。
 このまま部屋に引きこもったら元に戻っただけだよね。

 良くないってわかってる。


 だから3日目くらいでやっと行動に出た。 


「もう会ってもらえないかと思った」
「ごめんなさいっ」
「謝らないでください。とにかく何処かゆっくりできる場所へ行こう」

 重い体をベッドから出して気取りすぎない格好を選んで来画さん
との約束の時間に間に合うように部屋に出た。当然デートじゃなくて、
 ただ話し合いをするためだから浮かれる事もない。

 私のバイト休みと彼の非番が重なったお昼すぎ。

「言い訳でしかないけど、ずっと母の元に居て母に気に入られたくて
演技でも理想の子になろうと…。演技ヘタなのに。だから自分のことに
なると途端に考える能力が無くなって。
どうしたらいいか分からなくて。頭がずっと処理が追いつかない」
「俺の方こそ。ほぼ初対面の貴方に何を焦ってたのか。恥ずかしい。
本当にすみませんでした。家族のことも合わせてお詫びします」
「いえ。……それはもう、良いんです。家族が仲良くて羨ましい」

 カフェにやってきてぎこちない会話。
 何をどう言うべきなのかわかってるようで実はまとまってない。

 素直にきっぱり言えないのは悪い性分だ。
 
「仲がいい訳じゃないですよ。家に帰っても静かなものです。
妹と少し話をするくらいで」
「私が言うことじゃないけど大事にしてあげてください」
「鬱陶しいんですよね」
「あ。ご、ごめんなさい」
「実花里さんじゃなくて妹です。俺のためだって言って貴方を監視して、
やたらと俺の行動を知りたがる。母親も知っていて何も言わないし。
どの立場なのかと」
「私達には無い記憶の部分で配慮してくれているんですよ。妹さんは
来画さんが苦しまない方法を傷つけないやり方でやろうとしてるだけ」

 それが私と関わることを一切止めるなんだろう。
 守屋家の人だけが知っているのか、私達だけが知らないのか。

 お母さんなら知ってても言わないんだろうな。
 曽我さんもか。

 来画さんの場合は家族が守ろうとしているんだろうけど、私の場合は
守られているのかどうかちょっと怪しい。

「そうやって行動を支配されるほうが苦しむと思いませんか」
「……」
「俺は法や規則には従うけど自分の生き方に指示は受けたくない」
「私はさっきも言ったように混乱してしまうから難しい」
「でも混乱するってことは相手の意見を素直に受け止めている訳
でもないんでしょう?例えば俺と会うなって言われた事とか」
「……」

 確かにそう。

 お母さんに言われたこと、曽我さんに言われたこと、素直に聞けない。
 聞いてない自分が居る。だから混乱している。

 素直に従っておけば何の問題もないのに。

 ナニかがそれを嫌がってる。

 恋心なのかも?と曽我さんには言ったけど。
 特に何か確信があったわけじゃなかった。

 私自身の問題なのに、まるで他人みたい。

「俺としてはきちんと仕切り直してもう一度やりなおしたい。
友だちになるのは無理だけど、
だからって速攻で君を手に入れようとも思わない」
「来画さん」
「思わない…ようにする」
「でもやり直すってどういう風に?また大学に来ます?」

 それで偶然私に声をかける?

「事件もないのに刑事が居たら他の人に迷惑だから。
今まで通りに一緒に過去を辿りながらその間に信頼を得たい」
「明らかに私の過去はヤバいとわかっていても知りたいです?」
「俺も多分ヤバいと思うんで。傷ついたり苦しむ時は一緒です」
「……、苦しいって分かってても進むってことですね」
「俺はそうする。もし、実花里さんが嫌でなければ」
「私は途中で逃げるかもしれない。臆病者で卑怯で馬鹿だから」
「構わない。何度でも立ち止まっていい、落ち着くまで待つから」

 目の前には明らかに駄目フラグがあっても。他の人が言うように
見なかった事にしたほうが私の為にいいって分かってても、
 来画さんと一緒に先へ進んでしまうんだなって分かった。

 彼の力強さもあるけど私の中に「自分を知りたい」欲望がある。

 嫌われ者の私。
 今の私だって十分に愛されている訳じゃないけど。

 私が一部の過去と一緒に忘れてしまった私。
 過去夢に出てきた薔薇「アムネシア」あれはきっと

 私自身。

「……」
「実花里さん?」
「何でそんなに私に執着するの?そんなに可愛い?この体がいい?」
「可愛い。もっと知りたい。君も、体も」
「変なの」
「久しぶりにその口癖聞いた。懐かしい」
「ね、詩流と3人で会うのはどう?」
「俺はいいよ。あの頃と違ってもうひ弱なチビじゃない」
「良かった。じゃあ、近々セッティングするから来てね」
「実花里さんは不思議だな。
さっきまで何をどう言うか困ってたみたいなのに」
「緊張してたから。今はそうでもない」
「今、君の気持ちを聞いたらどうなるかな」
「聞かないほうがいい」
「なるほど」