私も変だけど相手も何だか変。
 まるで初めてデートする2人みたいなぎこちなさ。

 今まで何度か一緒に食事したし海にだって連れてきて
貰ったことがある。明るい時間で撮影のついでだったけど。
 
私からどうする事も出来ずに様子をうかがっていると、
 こちらに近づこうか迷っている?感じ。

「……」
「そんな真顔で見つめられると困る」
「私どうしたらいいんですか」
「目を閉じて」
「はい」

 言われるまま目を閉じる。

 けど、何時までたっても唇に当たる感覚が無い。

 薄っすら目を開けるとこっちをじっと見ている曽我さん。

「いたっ」
「変な顔だって思ってるんでしょ。もういい」

 軽く相手のほっぺを叩いて視線を前に向ける。
 からかわれただけなのかもしれない。

「変なのはこっちだよ。ごめん。実花里にキスしていいなんて
夢みたいだと思って、もし夢だったらどうしようか悩んでた」
「私なんてそんな大層なものじゃないですよ」
「君はとても繊細で脆くて。消えてしまいそうで。そんなのは嫌だから。
そんな事になるくらいなら近くで見ているだけでいいと思ってた」
「今の私には分からない話をしてる」
「分からなくていい」
「……貴方がキスしたいのは今の私?それとも過去の私?」

 どっちが好き?

「実花里にキスがしたい」

 グッと体が近づいて曽我さんの顔が目の前にある。
 キスをしたという感覚は一瞬だけですぐ彼は離れた。

「わ」

 それでも彼が耳まで真っ赤になっていたのは新鮮。
キスシーンなんて今までいっぱいこなして来たはずなのに。
 それどころかプライベートでは本番だって何度も。

「帰ろうか」
「はい」
「また時間を作るから。仕切り直そう」
「はい」

 噛み合わない会話。居心地の悪さ。キスの淡い余韻。

 来画さんとの記憶が欠けているように曽我さんとの記憶も欠けている。
だけど彼だけはしっかりと覚えていて。

 それは言葉にはし辛いものであって、忘れている方がいいモノ。 
来画さんが思い出せば破滅するような家族が恐怖するモノ。
 記憶にない誘拐事件、私、来画さん、曽我さん。

 ナニかが分かったような何も進んでないような。


「部屋に戻るんだ」
「はい。荷物はカバンとノートだけでそれはもう運んであるので」
「そう」

 彼の部屋へは行かず私のマンション前でおろしてもらう。

「下着とかは置きっぱなしにしてるから」
「置いとく。安易に触れないし、…また来るかもしれないから」
「そうですね。置いといてください」
「実花里」
「私がもう少し落ち着いたら話してください。貴方が背負っているもの」
「……」
「怒らないって約束は出来ないけど。少なくとも自由になる」
「何時も自由だよ。気にしないでお休み」
「おやすみなさい」

 素直に話す気は無さそう。だけど、何れ知る気もしている。
曽我さんの車を見送って久しぶりに自分の部屋へ戻ってきた。
ずっと1人だったのにちょっとの間一緒に居てくれた人が
 居なくなると途端に寂しい気分になるのは何故?

 来画さんのメッセージに返事をしてお風呂に入って眠る。
 明日は仕事場に来るだろうか?妹さんの事で。

 来画さんの家に何かお詫びの手紙とかするべき?
 悩んでいる間にウトウトして寝てしまう。




「ここに来てるって聞いて。キマってるのに1人?フラれたの?詩流」
「いいんですか。週刊誌に書かれますよ」
「なんだか苦しそうね。実花里に何か言われた?
あの子は貴方には荷が重いって言ったのに聞かないから」
「いきなり何の話です。彼女とは良好ですよ」
「実花里の母親としてもう一度言う。貴方にあの子は無理。諦めなさい」
「……」
「またそうやって不服従の顔をする。貴方って本当に聞き分けがない。
あのオチビ君も居るそうじゃない。めぐり合わせなのかしらね」
「どうでしょうね。分かっていて狙って近づいた可能性もある」
「結末によってはドラマ化したら面白いかも。脚本家にアポをとって
相談してみようかしらね。貴方はヒーロー役でヒロインが」
「貴方って人は何処まで」
「人生を楽しみなさい。あの子が居たら貴方は一生楽しめない」