「すみません。……、大丈夫ですか」

 相手はそのカバンを拾い返してくれる。

「こちらこそすみません。カバンありがとうございます」
「いきなり声をかけたら驚きますよね。つい、いつもの癖で」
「貴方も刑事さんなんですか?」

 先程の人と打って変わって若く爽やかなイケメンさんだ。
髪型がスタイリッシュで最初モデルか俳優かと思ったくらい。
けど体つきが他の人とちょっと違う、スーツに隠しきれない筋肉質。

「はい。あ、いま見せます」
「私は今来た所なので何もお話することが出来ませんから」
「そうじゃなくて。俺、……貴方に見覚えがあるんです。
ある、気がする?んです。上手く言えないけど」
「え」

 そう言われてもう一度顔を見る。けど、綺麗だなと思うだけ。

「何処かで会った気が」
「……」
「そ、そんなガン見されると辛くなるんで止めてもらってもいいですか」
「ごめんなさい。私には覚えがなくて」
「突然変なこと言ってすみません。俺、ちょっと昔の記憶が曖昧で」
「……貴方も?」
「え。君も?」
「あ、ごめんなさい。授業あるから。これで」
「これ。名刺。よかったら……」

 警察の人の名刺。貰ってもどうもできないのに
 ついすんなりと受け取る。

「守屋……」
来画(らいが)
「来画さん」
「変な名前ですよね。親が書道家だからかな」
「カッコいい」
「ありがとう」

 少し照れた顔でニコッと笑う。最初はクールな人なのかと
思ったけど笑うと少し幼く優しげに見える。
 
 私はその笑みを知ってる気がしたけど何も言わずに別れた。

 理由を知りたくてなんとか思い出そうとすると何故か切なくなって。
それからじわじわと嫌な胸騒ぎがしたから。
 その後は大学の講義を受けてタクシーで無事に帰宅。

 夜中の3時くらいに着信があったみたいだけど。無視。



「日記ってなんで続かないんだろうな。スマホなら続くと思ったけど」

 朝。急ぐ必要がないからまったりゴロゴロしながらスマホを触る。

 日記帳を買っても結局書かずに白紙だらけで失敗、
スマホアプリを試しても触らなくなる。過去の記憶が曖昧な私は
今を大事にしようとどうにか残したいとあがいてるのに。

 子どもの頃のある瞬間から完璧に白紙の時間があって、
有耶無耶ながら辛うじて覚えてる学生の時間があって、そして今。
 この先もまた消えてしまう可能性が無いわけじゃないのに。

「また新聞かな?無視しよう。……インターフォン無くしたい」

 休日は買い出しをしたら後はもうゴロゴロするだけ。
たまに新聞や宗教などの訪問者があるくらいで平和なもの。
友達がほしいと思っても中々その一歩が踏み込めない、
 ましてや彼氏なんて。

「……まさか昨日の事件の犯人とかじゃないよね」

 犯人が目撃者の部屋に来るって怖い話があったような。
怖くなって守屋さんに電話するも忙しいのか返事はなく。
 仕方なく1人で玄関へ向かいそっと覗いてみると。

 マスク、サングラス、帽子という確実に怪しい男性がいた。

「もう少しで隣人に不審者扱いされる所だったよ」
「不審者だと思って警察さんに電話しました」

 でも彼の世界ではそれが普通。
 外に待たせるわけにも行かず中に入ってもらう。

「ケーキ買ってきたから中に入って一緒に」
「ケーキは頂くので貴方はお帰りください。男子禁制ですので」
「ここが駄目なら何処か2人で行こう。昼間はオフだから。
無理にとは言わないけど、……駄目かな」
「不審者のペアルックって嫌なんですけどしょうがないですね」

 ケーキは冷蔵庫に置いといて。自分用のマスク、メガネ、帽子を取り出し
一緒に部屋を出る。売れに売れているイケメン俳優との外出は何処で
どんな視線に晒されるか。
 母親と離れてひっそりと生きている私にはリスクしか無い。

「いい店を予約しておいたんだ」
「私が断ったらどうするつもりだったんですか。あ、そっか」
「君と2人で行きたいからキャンセルしたよ。当然」