「先に体からの付き合いってしたことがないんですけど。
実花里さんさえ良かったら」
「あ、あの。私明日から曽我さんの部屋に行くんです。
私が不安定だからって。べ、べつに何をするわけじゃなくて。
ただ側で見守ってくれるだけなんですけど」
「付き合ってないんですよね?」
「だけど、今は誰かと居たほうが良いって思うので」

 すっかり自分に自信がなくなってしまった。

 理想はお母さんの元に居ることだけど。どうせ仕事がある。
ずっと一緒でもないし、もしかしたら家に帰っても来ないかも。
 だから私は曽我さんの言葉に強い拒否は出来なかった。

 周囲からは色々言われても結局は彼を信頼しているのもある。

「ということは俺の部屋でも良いってことだ」
「私は一緒に居ても迷惑をかけるだけの厄介者です。
このままの距離で居たほうがきっと幻滅しないで済むと思います」
「やってみないとわからないことじゃないですか。
不規則な独身男のだらしない部屋で嫌かもしれないけど。
防犯面ではしっかりしてるし何かあってもすぐに対処できる」
「……」

 確かに警察官と一緒に居たら防犯面は心強いけど。

「俺が信じられない?」
「……、どうしてそんな優しくしてくれるのかと思って」

 曽我さんは大事だからとしか言わなかった。そこにどれほどの
意味があるのかは分からないけど、今まで大事にされてきたという
過去がある。でもなにもない場合、
 普通はこんな面倒な女は近寄らないほうが良いって思うはず。

「少しずつ思い出してきたんです。退屈なパーティ会場で可愛いリボンの
女の子が居た事。ちょっと意地悪な年上の男の子が邪魔してきた事とか。
最後は3人で鬼ごっこしてたとか、色々」
「……」
「その後のことも少しずつ思い出してきた」
「誘拐された記憶ですか。私達怖いめにあってた?」
「俺たちは暗い部屋に閉じ込められていて隣の部屋からは男の
薄気味悪い笑い声がしてた。そんな嫌な記憶を1人で抱えるのが嫌で。
カウンセラーを紹介されたけど出来れば分かち合いたい」
「私。たぶん、その声の人…少し思い出した」

 あの時不気味に笑ったオバケみたいな怖い顔はきっとその記憶だ。
 その後気を失ったから、思い出そうとすると倒れる?のかも。

「不安なのは俺もなんだ。一緒なんだよ実花里さん」
「来画さん」
「だから俺の側にも居て欲しいって言ったら子どもっぽいかな。
曽我さんがどういうスタンスかは分からないけど。
俺は下心もあるけど、同じくらい不安も抱えてるんだ」
「下心」
「あれだけ煽られたら欲しくなるのは当たり前だろ?もしかして、
凄い硬いって俺の体をペタペタ触ってたのも覚えがない、と」
「……ない」

 そんな破廉恥な事をしたの?私。
 でも来画さんがこんな所で嘘を言うわけがないから。

 過去を思い返すと私じゃない、違う私が出てくるのかも。

 過去の私は大人たちに不審がられるような子だったのかも。
だから来画さんの身内からのあの視線。
 曽我さんは知らないほうが良い、というスタンス。

 私は思い出すことが怖い。


 途中で来画さんが上司に呼ばれて帰って。1人になる。
取り敢えず明日は曽我さんの元へ行く事になるかな。
 来画さんの元へ行くなんて言ったら喧嘩になりそう。

 私のことは微かに怯えているレベルでも声をかけてくれたのに、
毎日のようにテレビに映る曽我さんの事は何も思い出さなかったのかな。
 まだ記憶が曖昧なのは一緒のようだからそのせい?

 何れ3人で会うのもいいのかも。彼らの雰囲気的に仲良くお茶を
するという想像がつかないけど、がらっと雰囲気の違う美形2人。
 ちょっと見てみたいような。



「実花里。良かった。家に帰ってるかと心配した」
「考えたけど止めました」

 翌朝早くに連絡があった場所で待ち合わせ。
 大きめのかばんを持って待っていると車が来た。

「良い決断だ。さ、行こう」
「詩流。お世話にはなるけど2,3日で帰りますから」
「目立つから乗って」
「はい」

 初めて曽我さんの部屋に行く。といっても彼は定期的に引っ越している。
気分で変えたりファンに見つかって変えたり、熱愛と週刊誌に撮られたり。
 人気者になると色々と大変なのはよく分かってる。

 今の部屋は引っ越してまだ4日ほど。厳重なセキュリティで高層階。
 まだ女の気配はなく、シンプルで綺麗なお部屋。

「足りないものがあったら言って」
「あの」
「なに?」
「冷蔵庫にお水しかないんですけど。貴方は植物なんですか?」
「あ。ごめん。料理しないから」
「お腹すいたっ」
「すぐ用意するから待ってて」
「お買い物してこなきゃ餓死しちゃう」
「大げさだな」