そろそろ大学へ行かないといけないから通話を終えた。

 守りたいと思わせるほど危なっかしいのかな私って。
 強いわけじゃないけど普通で居たいと思っているだけなのに。

 来画さんは守りたいと思うから優しくしてくれているの?
 その理由は本人も分かってないなんて。

 私もしかして期待してたのかな。

 恥ずかしい。

「うわ。レポートが凄いことになっている……」

 週末は楽しみ半分レポート半分だ。その方が余計なことを
 考えなくて良いのかもしれないけど。
 
 ちょっとした悩みや宿題を抱え込んで迎える週末。

 早朝眠気を堪えつつ荷物を持って部屋を出る。最寄りのバス停から
1つ乗り換えでお昼前には無事にロケ地に到着するちょっとした小旅行。
 生まれて始めてで緊張するけど楽しみ。

「危なかった。のんびりバス旅なんてさせない」
「せっかく念入りに調べたのに」

 歩いていると突然横に車がとまって。怖い人かもしれない、と
チラっと見たらやや不機嫌な俳優さんが居たのでびっくりした。
 乗るように指示されたので乗る。助手席に。

「君って何で私のメールを見ないの?」
「昨日は忙しくて。もっと早く言ってくれないと」
「それは悪かったけど」

 朝早いからか顔を隠すことはしないで堂々と俳優さんが運転。
私を連れて行くのにスタッフさんに無理を言ったんだろうな。
 関係ないのに皆さんと一緒の車になんて私は無理だから。

「あ。お菓子発見」
「この前渡せなかったから。新しく買い直した」
「貰っても良い?」
「君のものだ」
「ありがとう。可愛い箱だなぁ」

 他愛もない会話でいつの間にか眠ってしまい気づいたら到着。
無防備な寝顔が可愛いのは子どもまでだからさぞかし間抜けな顔を
 曽我さんに晒してしまったんだろうな。本当に今更だけど。

「ここで休んでいて。撮影見てもいいし自由に」
「ホテルとかじゃなくってコテージ」

 別荘もちらほら見える自然に囲まれた風光明媚な場所に小さいお家。
まさかこのサイズのホテルは無いよね?と思ったらこのコテージに
撮影中曽我さんは滞在するらしい。人気俳優さんとなると違う。
 のか、私のために用意したかどっちか。

「そろそろ始まるから行くよ」
「無茶してませんよね?私にはお返しなんて出来ない」
「私がワガママなのは皆承知だから」
「詩流」
「今日はそんな長丁場じゃない。昼はここで2人で食べよう」
「待ってる」

 頬を優しく撫でて曽我さんは出ていく。ここの鍵を渡されたけれど、
彼が戻ってきてから一緒に散歩したほうが良さそう。お出かけはしないで
 コテージで待つことにした。何よりレポートを片付けなきゃ。

 小型ノートPCを持ってきて正解。自分の部屋だと何かと気が散るけど
 ここなら邪魔がない。机にセッティングして真面目な時間。


「……何の音だろう」

 暫くは静かだったのに突然カタカタっと何か人為的な音がする。
最初は気の所為だと思ったけど。

 野生動物の足音?風で何か倒れた?

 道はあるし家も見えるから人の可能性もあるけどそれにしても近い。
泥棒とかだったらどうしよう怖い。急に不安になって戸締まりを確認。
 玄関や窓はしまっているけど。

「中からする?」

 もし家の中に誰か居る場合は?怖いからスマホだけ持って家を出る。

「貴方あの家から出てこなかった?」
「わっ……び、びっくりした」

 無事に離れた所で突然声をかけられて腰が抜けるほど驚いた。

「貴方も曽我さんのファンなら節度を持って。侵入は犯罪よ」

 しまったこの人は曽我さんの追っかけのファンだ。
 面倒なタイミングで不味い人に会った。

「すみません。気をつけます」
「何も盗んだりしてないでしょうね。警察突き出すから」
「大丈夫です。ほら私何も持ってない」
「最近のファンは分かってない人が多いから困る。
私ここできっちり監視してるからね」

 睨まれつつもどうにか開放してくれた。良かったまだ話の分かる人で。
中には問答無用で襲いかかる人もいるから。でもこれじゃ帰れない。
土地勘もないし仕方なく撮影現場へ。歩いて暫くすると見学者の姿。
 次に慌ただしく動く撮影隊が見えて。女優さんが見えた。

「やっぱり綺麗だなぁ」

 遠目で良いと思ったのにもっと近くで見たくなって歩いていく。

 懐かしい。

 お母さんについて行ったら綺麗なお姉さんがいっぱい居て。
カッコいいお兄さんが居て。構ってくれる優しい大人が沢山いて。
 私もいつかはお母さんみたいになるんだって夢見てた。


 それなのに。


 狭くて暗い中。大人の大きな手が私に伸びる。


「……あれ」

 違和感があって顔にふれると湿り気があった。
何も悲しい事なんてないのに涙?
 と思ってその湿った指を見ると。それは涙じゃなくて

 べっとりと垂れる鮮血。

 
 頭に浮かぶニッコリと不気味笑う大きな口。


 絶叫したような記憶はある、けどそこから覚えがない。