面と向かって何が悪いと言われた訳ではないけど。
 明らかに不快感を出されたのは分かった。

 来画さんの家族に会っても同じようにされる気がする。
 そんな機会はそうないと思うけど。

 それと見つけた過去の事件の記事はどう繋がっていくのか。
 何かあったとしても私がまだ子どもの頃の話しになる。

 だけど。

 誘拐事件もパーティ会場で来画さんと会ってた事も。
 ぼかしてはいるけど記事にはあるのに記憶にない。

 私は本当に私なんだろうか?


「実花里さん」
「は、はい。なんでしょう」

 彼の声にハッと我に返る。足が痛かったのと喉が乾いたので
 目についた喫茶店に入って休憩中だった。

「疲れてますよね。本当に申し訳ない」
「やっぱり素人じゃ刑事さんみたいにはできませんね」
「色々考えてた事が一気に吹き飛んで頭バグりました」
「色々って何を考えてたんですか?」

 まさかまだ聞き込みに行く場所が有るなんて言いませんよね?
流石にこれ以上歩いたら病院へ行きたいと願い出るかも知れない。
 筋肉痛になるのは決定しているのに。

 確認のつもりで緊張しながら問いかける。

「えっ?ち、ちが。疚しい事なんて何もッ俺はただ情報がほしくて」
「はい。情報がほしいです。だからまだ行く場所があったのかなと」
「……あ。…ああ、いえ。まあ、アテは幾つかあるんですが。
それは今度行ってくるので報告を待っていてください」
「ありがとうございます」
「い、いえ……全然。俺の過去にも関わるし」
「来画さんはなにか思い出せた?」
「事件に関しては何も。ただ、あのパーティ会場にいた事は
薄っすら思い出しました。親父に連れて行かれて嫌々だった」
「どんなパーティなんでしょうね。女優や書道家」
「金持ちのパーティならよく呼ばれてますよ。今は行かないけど。
昔はスポンサーの兼ね合いもあって顔を出してたから」
「なるほど」

 私も少しだけ薄っすらと「そうだったかもしれない」と思い出す。
あのパーティ会場。どうせ母親が構ってくれるはずもないから退屈で。
 覚えはないけどそんな時に彼に出会ったんだろうな。

「写真でもあればいいのにな。家に行けばあるかも」
「いいな写真があって。家には家族らしいものはなにもない。
映画のポスターは山のようにあるのに」

 トップ女優である為に敢えて家庭的なものを排除しているのかも
しれないけど、せめて赤ん坊の私を抱っこしているお母さんの写真が
 1枚くらいあってもいいと思うのに。

「そんな家庭的なものじゃないですよ。母親が記念に拘る人で。
何かと好き勝手に撮ってただけで」
「いいお母様」
「……、実花里さんはどう?俺の事思い出せそう?」
「出せるような…、気がするだけかも。ごめんなさい」
「別に気にしない。これから改めて知ってもらえばいいだけだから。
叔父さんの言うことより自分の目で見て足で調べたものを信じる」
「その結果叔父さんが正しかったら?」

 来画さんの瞳には私が映っている。
 自分の記憶に自信のない曖昧な女が。

「俺たち”再会”したばかりで結論を出すのはまだ早い」
「……そう、ですね」
「あ。違う。その、結論っていうのは。ああ、……難しいな」
「そんな固く考えないで大丈夫です。私人と話すの苦手だけど
聞くのは慣れてるし。これで結構シモネタもいけちゃいます」
「……」
「あ、あの。職場の皆若いからそういう話題がいっぱい出てくるし
大学でも夜のお仕事の人が居て知識豊富で違法なことは何もっ」
「え?」
「だって凄く怖い顔で睨むから」

 無意識なんだろうけど刑事さんの顔になっていて、
喫茶店のなんてこと無い窓際の席が
 何もした覚えはないけど自白しそうになる怖い空間。

「あの、今パッと思い出した話しなんですけど。俺の大学の同期で
三股してた男がバレてゲイバーに連行され裸で踊らされた話しとか」
「……」
「しても……面白くない、ですよね」

 ああ、この人は真面目なんだな。そしていい人。

「……、ふふ。ふふっ……はははっ」

 何だか自然と笑えてきてしまって。
 我慢しようと口元を押さえつつも結局笑ってしまう。

「う、うけた……?」

 普通に会話が出来るのはこんなにも嬉しくて楽しいんだ。
 すっかり忘れていた。いや、知らなかった?どっちでもいい。

 今とても楽しい。こんな感覚を昔に感じた覚えがある。

 そう思ったら急に切なくて胸がズキッとしたのはどうして?
過去になにかあるのは確かだけど。
 それは彼に関係するなにかなのかもしれない。

 どうか空白部分の自分が最悪な人間でありませんように。
 お店を出ると呼んでもらったタクシーで帰宅。

「……あ。曽我さんからメール来てる」

 部屋に戻ってグデっとベッドに倒れ込んだら光ってるスマホが見えて。
色々とあって確認なんかしてなかった。