一 偽りの顔

……ぶーんぶんぶん。
人の通っていない静かな道路にひとりの男が乗ったバイクのエンジン音が響き渡る。この男こそがこの物語の主人公である高山一樹だ。
……キキーカチャ。
「到着っと。」
「ねぇ、あれ見て。なにあの格好、超ダサくない?てか誰あの人。」
「うわっ、ダッサ。そういえば今日から新しい先生来るらしいけどあいつじゃない?」
「新しい先生?もう八月なのに?」
「ほら、あれ二年四組の…。」
「あ、そっか。」
女子高生三人がそんな会話をしているなど知らず高山は新しい職場にワクワクしていた。だが、あまりにも周りに見られるため何かと不思議に思っていた。

……コンコン
「はい。どうぞ。」
「失礼します。」
「ああ、高山先生。今日からでしたね。では改めまして理事長の上原です。」
「高山一樹です。今日からよろしくお願い致します。」
「では今日から高山先生には二年四組の担任をして貰います。それと…あなたのその格好はなに?」
上原が聞くのも無理ない。高山の格好は全身白のスーツなのだ。
「え、変…ですか?ある元ヤン教師の真似をしてみたのですが…。」
「あぁ、あの鬼○先生ね…。まあ、いいわ。あ、でもコーヒーには気をつけた方がいいわよ。」
「はい!それでは失礼します!」
高山はそう言うと理事長室を後にした。

「初めまして。学年主任の関です。こちらは二年四組の副担任の水野先生です。」
「水野すみれです。」
「高山です。よろしくお願いします。」
「席はここ使ってください。高山先生の前の先生が使っていた席ですけど片付けてあるので大丈夫でしょう。」
「え…いいんですか?」
「えぇ、もう退職したので。」
高山は何故前の教師が退職したのか疑問に思ったがその時はそこまで気にしなかった。
「じゃあ、高山先生、教室に行きましょうか。」
すみれが高山に声をかけ二人は職員室を出て教室へと向かった。教室に着くまでの間高山はどんな生徒達がいるのか楽しみで仕方がなかった。
「あの、水野先生。生徒たちってどんな子達なんですか?」
「え…?」
すみれは突然の高山の質問に驚いた。
「えっと…。あっ、ここです。」
返事に悩むすみれを高山は不思議に思ったが教室に着いたため会話は途絶えてしまった。
……ガラガラ
「おはよう。みんな席着いて。」
「すみれ先生おっはよー。」
「貝関くん、下の名前で呼ばないの。」
「すみれ先生はすみれ先生だもんねー!」
「月城さんまで…もう…。まあいいわ…。今日は新しい担任の先生が来られました。では高山先生お願いします。」
すみれにそう振られて高山は教卓の前に立った。
「皆さん初めまして。今日からこのクラスの担任になりました高山一樹です。担当は体育なのでよろしく!」
…クスクス…クスクス
クラス中に笑いが微かに響いていた。
「えっと…俺なんか変ですか?」
「変も何もさ、先生その格好ダサすぎだって(笑)」
はっきりと言われてしまった高山はショックを受けた。
「えっと…君は…。」
「貝関準。名前は覚えとくもんだぜ。先生。」
貝関準。馬鹿だがクラスの人気者。
「ごめん、ごめん。じゃあ、出席取ろうか。えっと…青井風太。」
「はい。」
「今田桜。」
「はい。」
「……えっと、次は七番…北山かすみ。」
……ガヤガヤ
「あれ、北山はいないのか?」
……ガヤガヤ
教室の空気が変わった。すみれも不安そうな顔をしている。
「北山は…休みじゃね?ほ、ほらあいつよく体調崩して休むんだよ。」
そう言ったのは山田隆之だ。その瞬間教室中の空気がまた変わった。みんな山田の言葉に同感している。だがすみれだけはまだ不安そうな顔をしている。
「そうか…。分かった。じゃあ出席の続きを取ります。清原京子…。」
…キーンコーンカーンコーン
出席が取り終わると同時にチャイムがなった。
「お、ちょうどいいな。それではこれでホームルームを終わります。みんな今日も一日頑張りましょう!」
「はーい。」

ホームルームでの北山かすみの事が高山は気になっていた。
「あの、水野先生。」
呼ばれるとすみれは「はい。」と返事をしながら振り返った。
「さっきの、北山の事なんですけど…。なんて言うか北山の話になった瞬間クラスの空気が変わった気がして…。」
「あぁ…。えっと。北山さんは…。」
すみれは黙ったがすぐにまた口を開いた。
「そのうち分かると思います。」
そのうちって…と高山は思ったが口にはしなかった。やはりすみれが不安そうな顔をしていたからだ。

「奏!奏!」
「ん?桜どうしたの?」
岸本奏。成績優秀で学級委員を務めるほどクラスメイトに信頼されている。
「テスト近いじゃん?勉強教えてください!奏様!」
「やっぱり奏様に頼っちゃうよね〜!」
清原京子。奏と仲が良くいつも一緒にいる。
「奏様って。様つけなくていいから(笑)いいよ、どこがわかんない?」
「うわあ!ありがとう!ここなんだけど…」」
「おい隆之。今日部活ないし放課後カラオケ行かね?」
「おう、いいぜ!」
杉崎翔太。クラス一のイケメン。奏と一緒に学級委員を務めている。バスケ部エース。
山田隆之。翔太と仲の良く同じくバスケ部だ。
「ねぇ、仁。もうケンカはダメだよ?」
「わかってるって。天今日放課後空いてる?」
「あぁ…ごめん。今日はバイトがあるの…。明日なら大丈夫だよ!」
西井仁。何かと喧嘩っ早い。天の彼氏。
葉瀬川天。学校に内緒でバイトをしている。仁の彼女。
「まさや。この曲なんだけど…。」
「あーこれね…。俺も聞こうと思ってた。」
月城かのん。まさやとバンドを組んでいる。ボーカル。
加藤まさや。かのんとバンドを組んでいる。ドラム。ほかのメンバーは他校。
「七瀬さん。作品のことなんだけどちょっといい?」
「はい。どうかしましたか?」
七瀬未知。美術部に所属している。

職員室ですみれがスマホでなにかを見ていた。
「水野先生。何見てるんですか?」
「え、あ、芹沢さんが出ている番組です。今生放送してるんですよ。」
芹沢華。モデル活動をしている。
「芹沢ってうちのクラスの芹沢華ですか?」
「えぇ。そうですよ。彼女モデルなんですよ。」
高山は驚いた。まさか自分のクラスにモデルがいるなど思ってもいなかった。生放送に出るほど有名なのかと。しかし生放送といってもここら辺の地方の番組だった。それでもすごいことだと高山は感心してした。

……ガラガラ
「華!生放送見たよ!やっぱ華が一番可愛かったよ。」
「ええ!嬉しい!ありがとう〜!」
「ほんと羨ましいよ!どうやったらそんなスタイルになれるのか教えて欲しいわ〜!」
……ピロン
「ん?メールだ。写真…?え?誰これ(笑)ちょーブスじゃん(笑)誰だよこんな写真送ってきたの。ねぇ華もみて!」
「えーなになに(笑)えっ…。これ…。」
「華どうしたの?知り合い?」
「ううん。違うよ!誰だろうねこの人。あ、私ちょっと疲れたから保健室行くね…。」
「あ、うん。気をつけてね!」
そう言うと華は教室を出ていき保健室へと向かった。保健室に行く途中二人の女子が話しかけてきた。
「ねぇ。華。あの写真。華でしょ?」
「え、違うよ。そんな訳ないじゃん…。」
「嘘つかなくていいって。分かってるから。整形してまでモデルしたかったの?やば。見る目変わるわ。」
「あの写真送ったのって…。」
「さぁ。誰だろうね。あはは!あははは!」
華は周りの目が怖くなった。みんなが自分を見て嘲笑っている。惨めだと思っている。そんな気がした。そしていてもたってもいられなくなり走って保健室へと行った。
……ガラガラ
「おう、どうしたの?芹沢さん。」
養護教諭の神崎麗が華に声をかけた。
「ちょっと気分が悪いので休ませてもらっても大丈夫ですか?」
「ええ。いいわよ。そこの真ん中のベッドが空いてるから使って。」
そう言うと神崎は華を案内した。
華は隣のベッドに視線を送った。カーテンは閉まっている。ということは来ている。そう思った。
……ガラガラ
「あのー芹沢来てるって聞いたんですけど体調どんなですか?」
そう言いながら高山とすみれが保健室へと来た。
神崎に案内され華のいるベッドに行き様態を聞いた。華が「大丈夫。」と言った瞬間隣のベッドのカーテンが開いた。肩くらいの長さの髪の女子が出てきた。
「北山さん。来てたのね。」
北山…。やっぱり北山は休みではなかったのだと高山は思った。
「まあ。その人は?あぁ…新しい担任か…。」
「今日からお前のクラスの担任になった高山だ。よろしくな。」
高山はかすみに笑いかけたが、かすみは反応しなかった。高山はムッとしたがすぐに華にまた様態を聞いた。
「あの写真…あなたでしょ。」
華はかすみを見た。何も言い返せなかった。ただ下を向くしか華には出来なかった。
「写真…?水野先生何か知ってますか?」
「いえ、私は何も…。北山さん写真ってなんの事?」
すみれがかすみに聞くとかすみはスマホを見せた。そこには中学生の女の子の写真があった。可愛いとは言い難い、いわゆる世間では不細工と言われるような顔であった。高山は華を見た。華は何も言わずただ俯いていた。そして急に走って出ていってしまった。
「おいっ!」
高山も華の後を追いかけて保健室を出ていった。
……シャッ
かすみはカーテンをしめてまたベッドに入ってしまった。すみれは神崎にお礼を言い高山と華を追いかけて行った。

「おいっ!待てって!芹沢!」
華の手を掴むと高山は華の前へと立った。華は高山の手を振り払い下を向いた。
「あの写真、お前なのか?」
華は涙の出ている目を高山に向けた。
「そうだよ!私は整形したの!それをみんなに黙ってモデルをしてた。みんなを騙してた。私は自分の顔が嫌いだったの。醜くて仕方なかった。先生も写真見た時そう思ったでしょ?不細工だって思ったでしょ?」
華は泣きながら高山に問いかけた。高山は真っ直ぐに華の目を見て答えた。
「思わなかった。」
「は?嘘つくなよ。思ったでしょ!正直に言えって!」
「思わなかった。何度でも言う。俺は不細工だと思わなかった。」
「ふざけんなよ。どいてっ!」
華は高山を押して走って行ってしまった。高山は追いかけなかった。今追いかけても華を傷つけるだけだとそう思ったのだ。
「高山先生っ!」
すみれが走ってきた。かなり息が上がっている。
「はぁはぁ。芹沢さんは…?」
「行っちゃいました。あいつ自分の顔が醜くて整形をしたらしいです。」
すみれは驚いたがすぐに元の顔に戻った。
「そうですか。でも、一体誰があんな写真を…。」
「さぁ誰なんでしょうね。水野先生。実は俺、あるドラマの鬼○先生に憧れて教師なったんですけど、今まさに同じ状況で俺の心がメラメラと燃えてます。」
高山は目をキラキラさせてすみれを見た。
「急すぎません?あとドラマと同じにしないでもらってもいいですか。生徒が悩んでるんですよ?全く…。」
そんな高山にすみれは呆れた。
「さてと…どうするかな…。」
高山はそう呟きながら学校へと戻った。

次の日華は学校を休んだ。クラス中で華の整形の話題が話されていた。
「奏やばくない?私完全に華に騙されてたわ。」
「整形か。正直そこまでしてって思っちゃうよね。私だったらどんなに顔が悪くても整形まではしないかな。」
「だよねぇ!」
「芹沢って整形だったらしいぜ。翔太どう思う?」
「俺、整形してる奴興味ねぇしそもそも芹沢に興味ねぇからどうでもいいわ。」
「もしかして翔太も整形だったりして…?」
「なわけねぇだろ(笑)そんなことしねぇよ。」
「だよなぁ。お前は元からいいもんな。」
……ガラガラ
「はい、みんな静かにして。席ついて。ホームルーム始めるよ。」
すみれがそう言うとみんな席に着いた。
「じゃあ、出席とるぞー。」
「はーい。」
「…欠席は北山と…芹沢か。じゃあこれでホームルームを終わります。」
「先生。見た?芹沢の昔の写真。あれやばくね?」
「準。やめなって。」
奏が止めるが準は笑いながら高山に聞いた。
「俺には何がやばいのか全然分からないけどな。」
高山は真顔でそう一言だけ言って教室を出た。あとを追いかけるかのようにまたもや不安そうな顔をしているすみれが教室を出た。高山の昨日までの態度と違うことに生徒は驚きを隠せなかった。そして直ぐにざわついた。
「何だよあいつ。高山ってさ前の学校飛ばされてここ来たんだろ?」
「えっ?そうなの!なんでなんで?」
「生徒殴ったりしたんじゃね?」
「うわっ。怖っ!最低じゃん。そんな奴が担任とかまじで無理。てかそれ誰情報?」
「ただの噂。」

「あ、あのっ。高山先生?怒ってます?」
すみれは高山の顔を伺いながら聞く。その質問に高山はハッとして笑顔を見せた。
「俺怒ってるように見えました?あはは。すいません。ちょっと考え事しちゃってました。あはは。あ、俺ちょっと外出てきますね。」
「え、あっ、ちょっと…。 」
急な高山の行動にすみれは呆れる。
「あの人が担任で大丈夫かな…。」

……ピンポーン…ピンポーン…
「はい。どなたでしょうか?」
インターホンを見ながら華の母親が尋ねる。
「あ、どーも。華さんの担任の高山と言います。華さんいらっしゃいますか?」
高山はインターホンに向かって母親に笑いかけた。
「華はいますけど朝から部屋に閉じこもったままなんです。」
「もし良かったら呼んで貰えませんか?お話したいことがあるんですよ。」
「ちょっと待ってくださいね。」
華の母は華のいる二階の部屋へ行き華を呼んだ。意外にも華はすぐに出てきた。嫌な顔をしつつも高山の元へ華がやってきた。
「よっ!おはよう。元気か?」
「元気なわけないじゃん。休んでんだから。馬鹿なの?」
呆れた顔して華が高山に言う。高山はあははと笑いながら「じゃあ。行くか。」と言って華をバイクへと誘導した。華は不審に思いながらもバイクに乗った。

……ぶーんぶんぶん
「ねぇ、どこ行くの?」
華が高山に聞くと高山は笑いながら「さぁな。どこだろうな。」と言う。華は「はあ?」と呆れる。

……キキーカチャ
「よし。着いたぞ。」
「ここどこ?」
「俺の知り合いが働いてるテレビ局だ。」
「テレビ局っ!?」
華は高山の発言に驚いた。今日は仕事はないはずだしそもそも高山が自分のスケジュールを知っているはずがない。なのになぜ自分がここに連れてこられたのか華には理解が出来なかった。
「ねぇ!なんでテレビ局なの?」
華が高山に聞くと高山は華を真っ直ぐ見つめて「何故だと思う?」と聞き返してきた。華は腹が立ち「わかるわけないじゃんっ!」と言い返した。そんな華をみて高山は微笑みまた華を真っ直ぐ見つめた。
「お前の口からみんなに伝えるんだ。」
「はあ!?そんなの出来るわけないじゃん!そんな事したら人気はガタ落ち。今までの私の努力が水の泡だよ!」
「それでもいいじゃねぇか。人気がガタ落ちしたって今の人気を得るまで努力ができたお前ならまた一からやり直せる。俺はそう思う。どんなことを思われようがファンがゼロになる訳じゃないだろ?自分のことを好きでいてくれる奴が一人でもいるならそいつの為に頑張ればいいんじゃねえか?」
「………」
華は高山の言葉に何も言い返すことが出来なかった。そして下を向き目を瞑って考えた。そんな華を高山は何も言わずに見つめる。
「わかった……言うよ。」
高山は静かに頷いた。
「よしっ!行くぞ。」

「おーい!悟!」
高山は一人の男に声をかけた。柳悟。高山の中学からの友達だ。悟は華の方をチラリと見るとなにかに納得したかのように頷きスタッフを集めた。
「カメラスタンバイオッケーです。」
スタッフの一人がそう言うと悟は華の元にやってきた。
「芹沢華さん。スタンバイお願いします。」
「……はい。」
華はゆっくりとカメラの前へ向かった。目を瞑って深呼吸をする。そしてゆっくりとカメラに向かって話し始めた。
「皆さん、こんにちは。芹澤華です。今日は皆さんにお話があり急遽カメラを回してもらっています。私は…。」
華は言葉が詰まった。
(やっぱり怖い…。みんなの反応が目が怖い。でも今言わなきゃ私は変われない。変わらなきゃ!逃げても何も始まらない!)
華は覚悟を決めてカメラを真っ直ぐに見つめて続きを喋り始めた。
「私は…整形しています。小さい頃から私は自分の顔が嫌いでした。写真も撮られるのが嫌でカメラを向けられても上手く笑えませんでした。そんな時にとある広告を見て整形することを決めました。今の自分を変えたい。そう思いました。整形をしてからは本当に毎日が楽しくて幸せで初めて心から笑えました。自分のことも好きになれました。けどモデルという仕事をすればするほど皆さんを騙してる罪悪感と、いつバレるのかという不安で押しつぶされそうになりました。今まで黙っていて本当にすみませんでした。最後にもう一つ言わせてください。私は私の選択を後悔していません。整形をしたことで私は変わることができて楽しい毎日を過ごせました。昔の私では経験することの出来なかったことも沢山出来ました。そしてこれからは皆さんにも私自身にも嘘をつかずに生きていこうと思います。応援よろしくお願いします。」
華は静かに頭を下げた。顔をあげるとその場にいた全員が拍手をした。高山は華に笑いかけている。華も清々しいほどの満面の笑みで高山に笑いかけている。

次の日華が登校していると高山の姿が目に入った。
「高山先生。」
高山は振り返ると「おはよう。」と言った。
「先生、ありがとう。あの放送の後すっごいすーっごい人気下がっちゃったけど先生の言った通りファンはゼロにならなかった。だから本当のことを知っても私の事好きでいてくれる人達のために精一杯頑張る。そう思えたのも先生のおかげだよ。」
華の決意に高山は頷く。そしてポケットから何かを取り出し華に渡した。
「CHANGE?なにこれ?」
「どう見てもキーホルダーだろ?」
「だっさー。こんなのつけないよ(笑)でも有難く貰っといてあげるよ。」
華はキーホルダーをポケットにしまった。そして二人は学校に向かって歩き始めた。そんな様子をすみれが見ていた。すみれは二人を見つめ安心したかのように微笑んでいる。

芹澤華 CHANGE