送っていくとごねる和博を、「たった一駅だし、そんなに気を遣うならもうここへは来ないよ?」と脅して踏み留まらせて、のんびりと駅までの道を歩く。

 せめて駅までと泣きそうな顔をする和博に、「何でそんなに心配するの?」って思ってしまう私は酷い女だ。

 こんなぼんやりした子、和博以外興味なんてもたないよ?
 思うけど、言わない。
 言っても「でも」とか「違う」とか言われちゃうだけだと分かってるから。
 だったら余計なことは言わずにこの関係にピリオドを打つことを匂わせて黙らせる方がいい。

「せめてあと5分」
 玄関先でギュッと抱きしめられて、耳元でそう声を落とされた時、世の中は5分間で回っているのかな?ってぼんやり思った。
 だとしたらやっぱり和美の言った「5分以内に決断する」というのは大切なことかも知れない。

 そんなことを考えながらコツコツとヒールの音を響かせながら歩いていたら、薄暗い路地の先、ぼんやりと明かりが灯っているのが目に入った。

 路地の入り口にA型の立て看板が出ていて、『あんてぃーくしょっぷ幽現屋(ゆうげんや)』とどこかゆらゆらした文字で書かれていた。

 あんてぃーくしょっぷ、が平仮名なのは意図的?

 そもそもこんな所にこんなお店、あったっけ?

 和博の家を訪れるのは初めてじゃないのだから、気付いていたら記憶に残っているはずだ。

 最近できたお店かな?

 いつもならこんなに何かに惹かれることなんてない。
 そのことが何だか不思議で、思わず吸い寄せられるように路地へ入っていた。