「華乃……?」

あたしの名前を呼んで個室のドアを遠慮がちにノックしたのは。

「かっ…、かっ…かず…っ…」

親友の篠田和葉(しのだかずは)だ。

トイレットペーパーを勢いよく巻き取って、思いきり鼻をかむ。
鍵を横にスライドさせドアを開けると、そこには呆れ顔の和葉が腕を組んで立っていた。

「かっ、かず…っ…。うっ、うわぁぁぁん」

和葉の顔を見たとたん、引っ込んだはずの涙が一気に溢れ出す。

「教科書、返してもらおうと思って教室覗いたんだけど。姿がなかったから」

ふぅっと息を吐いた和葉は、あたしの頬を爪でカリリと引っ掻いた。

「なんか。イヤな予感、したんだよね」

剥がしとったトイレットペーパーの欠片をピンッと指ではじく。

「…うっ、……うぅっ」
「フラれたか」
「うっー…」

大声で泣き叫びたいのを我慢して、口元を手で覆い何度も頷いた。

中学からあたしの友だちをしてる和葉は、あたしの癖を知っている。
失恋するとトイレにこもる癖。
個室だし。
涙を拭うための紙はあるし。
泣くにはちょうどいい場所だった。


「いつからいたの?」
「……昼休みが終わって、ちょっとしてから」
「サボったの?」
「だって…、無理だよ。授業なんて、」
「ずっと泣いてた?」
「……まぁ、ね」
「じゃあ、じゅうぶんでしょ。教科書、早く返して。授業はじまっちゃう」
「……うん。…ごめん」